Global Stocktake
Global Stocktake
2021年11月に英国・グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で、ついにパリ協定のルールブックが完成しました。「行動」の段階に入った2022年以降、各国は合意されたルールに則り、パリ協定の目標達成に向けてさらに野心的な行動を取ることが求められます。そこで注目されるのが、この目標の世界全体の進捗状況を評価する仕組み、「グローバル・ストックテイク(Global Stocktake: GST)」です。2021年11月から2023年11月にかけて実施される第1回GSTは2023年までの世界の気候変動対策における重要な焦点の一つです。
本ページではGSTの内容をQ&Aを交えながら詳しく解説するとともに、最新の動向を発信していきます。
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GSTにおける非政府アクター(NSA)の役割:発信し続ける2つの目的(2023年10月20日)
COP28に先駆けて発表された統合報告書では、17個のキーファイディングが発表されました1。IGESでは、GSTを地域の行動から後押しするため、東南アジアにおけるNSAのプラットフォームであるindependent Global Stocktake Southeast Asia Hub(iGST東南アジア・ハブ)を構築する活動を行なってきたことから、キーファイディングの中でNSAの役割について提示されたことは、ハブにとっても重要な進展でした。また、10月に公開された、COP28に向けた各国・各機関によるサブミッションの概要をまとめたレポートでは、IGESの名前が記載されるとともに、NSAがコミュニティや市民社会が利用しやすい方法でGSTの成果を伝えることなどを求めていると記載されました。
iGST東南アジア・ハブの活動では、GSTに対してNSAの立場を「発信し続けること」に取り組んできました。今年6月にボンで開催された補助機関会合(SB)58に参加し、複数機関と一緒にサイド・イベントを共催し、東南アジア、西アフリカ、ラテン・アメリカにある3つのiGSTハブの代表者がNSAとしてGSTにかかわることの意義と課題を議論しました。
GSTのプロセスに対してNSAの立場として発信することには、2つの目的があります。まずは、政府アクターに対して、GSTにおけるNSAの役割を認識してもらうための発信です。SB58でのサイド・イベント開催はその意図があり、東南アジアからの取り組みを知ってもらうきっかけになりました。2つ目の目的は、NSAに対してGSTを理解し、そのプロセスに参加してもらうための発信です。iGSTの活動を通じ、気候変動に取り組むNSAの間でも、GSTに対する理解の構築はまだ不十分だと感じます。そのため、iGST東南アジア・ハブの活動では、NSAがGSTに関わる意義を発信し、より多くのNSAの参画を得ていくことも重要な目的の一つとなっています。
統合報告書のキーファイディングでNSAの役割が取り上げられたことを契機として、iGST東南アジア・ハブではアドボカシー活動に力を入れていきたいと考えています。アジア太平洋気候ウィーク(APCW)やCOP28などの国際会議に参加し、イベントの開催を通じて関連するステークホルダーとの連携を深め、GSTにおけるNSAの役割を発信するとともに、ハブのメンバーに第1回GSTの結果を伝えていきます。そして、どのように発信を行動に変えていくのか、考え続けたいと思います。
1 詳細はこちら
https://unfccc.int/sites/default/files/resource/SYR_Views%20on%20%20Elements%20for%20CoO.pdf
COP28への道のり:各国の意見の隔たりを埋める努力を
気候変動枠組条約の外で実施されるG7やG20などの会議でグローバル・ストックテイク(GST)が言及されることが増えており、各国閣僚らのGSTへの認知度が高まっていると言えます。7月28日にインド・チェンナイで開催された、G20環境・気候持続可能性大臣会合で、採択が見送られた共同声明の代わりに公開された議長総括では、GSTの重要性が強調され、COP28で第1回GSTを成功裏に収めるために貢献することが記されました。
他方、総括におけるGSTに関する記述を見てみると、パリ協定やCMA決定など既存の合意文書から抜粋された文言の並びであることがわかります。これまでGSTの成功に向け、G7やG20などを通じて政治的機運を醸成することが重要であると解説してきましたが、今回の総括からはG20議長国のインドやG20としての方向性や決意を垣間見ることはできませんでした。
GSTを巡っては各国の意見の隔たりが表面化しています。GSTは緩和だけでなく、適応、資金、技術移転、能力構築も評価の対象としています。COP28ではこれら全ての要素について、これまでの進捗と今後の行動を加速するための機会をまとめた文書に合意する必要があります。6月にドイツ・ボンで実施されたGST交渉では、この文書の構成案が議論されましたが、資金に関する表現で合意することができず、各国の意見を併記した上で参考に留める程度の扱いとなりました。COP28では構成ではなく内容が議論されます。資金に加え、過去の気候変動交渉でも議論が難航した温室効果ガスの排出削減目標に関する表現などを巡り、COP28での交渉は非常に厳しいものになることが予想されます。
第1回GSTは「軌道修正の機会だ」と言われることがあります。軌道を修正しパリ協定で合意した目指すべき姿に向かうには行動を起こさなければならず、その第一歩が各国の意見の隔たりを埋めることです。次の注目イベントは、7月から9月にかけて、UAE議長国の要請を受けて南アフリカとデンマークの大臣が実施する閣僚級協議です。協議の成果は、9月の国連総会で報告されます。GST交渉で発生するであろう論点が閣僚レベルで認識、整理され、解決に向けた具体的な方針が検討されることが期待されます。
GSTは適応、ロス&ダメージへの取り組みの推進力となるか:非政府主体(NSA)の参画が鍵(2023年8月2日)
今年12月に開催されるCOP28の目玉であるGSTは、ますます関心を集めています。GSTの評価の対象は多岐に渡ります。温室効果ガス排出(緩和策)に関わる各国の目標達成状況、資金をはじめとする支援の流れなどに並んで、気候変動の影響に対応するための「適応」の取り組みや、気候変動を背景として引き起こされる損失と損害、いわゆる「ロス&ダメージ」も対象に含まれます。これまでのGSTの実施プロセスにおいては、適応や損失と損害に関する情報が提供され、3回実施された技術的対話では、適応と損失と損害に関して活発な議論が重ねられました。
適応やロス&ダメージに関しては、温室効果ガスの排出削減目標のように数値で進捗を測る方法が現在のところ確立されていません。そのため、GSTを通じて各国の野心を向上することには難しさが伴いますが、3回の技術対話を通じて、各国が共通して目指す方向性が徐々に明らかになっていると感じます。例えば、IPCCの最新の報告書で強調された「変革的適応(漸進的に適応策を導入するだけでなく、根本的に社会システムの転換を図ること)」の重要性や、「適応の失敗」の回避などはたびたび取りあげられました。適応の文脈でのGSTは、最良の科学に基づいて、各国の取り組みを束ねる国際的な価値観を共有する場として機能しているといえるでしょう。他方で、価値の共有だけでなく、実際に第1回GST終了後の世界において適応やロス&ダメージの取り組みを促進していくための推進力となることが重要です。
これには、各国の取り組みのギャップを認識するだけではなく、GSTの議論で重要視されている、非政府主体(Non State Actor: NSA)の参画も重要な役割を果たすと言えます。NSAには市民社会や民間企業、学術機関など幅広いアクターが含まれますが、特に地域に根差したNSAの関与は、適応やロス&ダメージのようにローカルな文脈と密接に関係した課題の解決において大きな力を発揮します。GST技術対話の成果文書でも、ローカルの状況や優先事項を踏まえて適応を推進することが、適切な適応行動・支援や、変革的適応の促進につながると指摘されています。第1回GSTが、適応やロス&ダメージの推進力になるためには、こうしたNSAによるGSTへの関与を確保し、彼らの取組を後押しすることが鍵となるでしょう。
そのためには、NSA自身がGSTに積極的にかかわること、GSTプロセスにおいてNSAが果たしうる役割を重視することの両面的なアプローチが求められます。COP28においてこれらに資する結果を期待するとともに、第1回GST終了後のフォローアップの段階でも、NSAによる地域での取り組みに対して高いモメンタムを維持することが不可欠であると考えます。
第58回補助機関会合(SB58)第3回目技術的対話の報告とCOP28にむけて(2023年7月3日)
2021年11月に開始した第1回グローバル・ストックテイク(GST)の評価結果は情報収集と3回の技術的対話を経て2023年11月のCOP28で公表されます。気候変動に関する国際交渉の一環として実施されるGSTですが、これまでの技術的評価のプロセスでは各国政府、NGO、研究機関など多様なステークホルダーがインクルーシブに対話を重ねながら世界の進捗状況を評価してきたことに特徴があります。ちょうど一年前となる2022年6月に開始した対話のプロセスは先月6月にドイツ・ボンで開催されたSB58で終了しました。
GSTにおける対話のベースとなる科学的な情報を提供するのがIPCC報告書です。IPCC第6次評価報告書は、各国の削減目標を足し合わせてもパリ協定の目標達成には及ばないことを示唆しています。対話は、最新の科学的知見を基に多様なステークホルダーが信頼関係を築き、各国が置かれた異なる状況を理解しつつ、世界全体として歩むべき方向性について共通の認識を深める上で欠かせない役割を果たしました。これまでの議論をまとめた報告書は9月に公開予定です。この報告書は各国政府が今後の行動を強化する上でのエビデンスとなる資料の1つであり、ここでどのようなメッセージが出てくるのか注目されます。
これまでは対話で話し合いを重ねてきたGSTですが、そのプロセスはここから一気にハイレベル間の交渉に向かいます。各国政府はGSTの結果に基づき、削減目標を引き上げます。前述の報告書が、各国が削減目標を引き上げるための科学的・技術的な情報を提供するとすると、交渉はそれを後押しするための政治的な機運を生み出すものです。COP28で削減目標の引き上げに資する具体的で行動可能な成果を出せるかが焦点であり、各国の本気度が試されています。
GST技術的対話:初めての挑戦に努力惜しまず GSTCOPに向けて交渉段階へ(2023年7月3日)
第1回GSTの3回にわたる技術的対話が6月に終了し、ここからはCOP28に向けて政治的な交渉が始まります。現時点では、1.5℃目標に達するためには圧倒的に足りない各国の目標の野心を引き上げるために、強力な政治的メッセージを発信できるかどうかがCOP28の焦点となります。その意味で、COP28をGSTCOPと呼ぶこともできるでしょう。
技術的対話を振り返り、注目すべき点は、GSTが実施指針に示される「やりながら学ぶ」を具体化した取り組みであるということです。GSTは、気候変動対策の緩和、適応、資金、技術移転、能力構築など、パリ協定のあらゆる側面における世界の進捗を評価する役割を果たします。この大きな挑戦に対して、技術的対話を率いる2人の共同ファシリテータと事務局は、評価プロセスに様々な工夫を凝らしました。得られた教訓を共有するための努力が惜しまれていません。たとえば、3回の対話では、議論を前進させるために毎回異なる問いが設定され、その形式も見直されました。また、3回目の技術的対話開催時には、それまで提出された全ての情報やデータを閲覧できるウェブプラットフォームが公開されました。これも参加者からの声を受けて取り入れた試みでした。
こういった学びの姿勢は、各国が技術的対話の評価プロセスを信頼することに繋がり、より積極的な参画を促したと言えるでしょう。万一、技術的対話のプロセスが深刻なレベルで不透明であったら、いずれかの国が交渉段階へ進むことに反対していたかも知れません。今回の技術的対話では全くそういった声は聞こえませんでした。
今回の技術的対話でも見直すべき点はあります。前回の記事で述べたように、科学的データと評価プロセスの繋がりが十分に明確でない点や、広く意見を取り入れた反面でまとめられた提言に具体性が欠けているなどの点です。ただ試行錯誤をしたからこそ得られた学びは、きっと次のGSTへの改善点として繋がって行くと信じています。
これからCOP28に向けて始まる交渉フェーズも、この学びの姿勢を忘れず、現状から一歩でも前に確実に進み、次の行動へ繋がる方策を議論して欲しいと思います。一カ国・一地域の主張を超えて、人類の英知を出し合う場であってこそ、パリ協定の存在価値が見せられると考えています。
G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合
G7 第1回GSTの成果物作成に向けた政治的モメンタム醸成にコミット(2023年4月18日)
G7気候・エネルギー・環境大臣の共同声明には、第1回グローバルストックテイク(GST)に関する段落が盛り込まれています。声明では、現在実施されている第1回GSTの評価結果は、2025年に提出される次期NDCの策定に向けた明確な方針を示す必要があるとし、次期NDCには全種類の温室効果ガスと全ての分野を対象とした、経済全体における排出の絶対量での削減目標を含めるべきであると述べられています。また声明中でG7は、第1回GSTにおける野心的な成果物の作成に積極的に貢献し、気候変動対策の要と言われる決定的に重要な10年間およびそれ以降の気候行動の強化に向けた政治的機運の醸成にコミットするとしました。
GSTの成果物はパリ協定の目標達成に向けたギャップを示すだけでなく、今後の気候行動を強化するための具体的な道筋と対策を示し、行動を後押しするための強い政治的メッセージを発信しなければなりません。G7からGSTに向けたメッセージが発信されたことは、COP28に向けた世界全体での政治的機運を醸成する上での大きな一歩です。今後、G20や9月に開催される国連気候野心サミットからどのようなメッセージが発信されるか注目されます。
「最良の科学」を繋ぐグローバル・ストックテイク(GST)。日本の研究者らも注目、情報のインプットを超えて行動を推し進めるために。(2023年3月17日)
パリ協定のGSTは、入手可能で最も信頼のおける科学的知見、すなわち「最良の科学」 を基に、パリ協定の長期目標に対する世界の進捗を評価することとなっています。具体的には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の評価報告書の他、研究機関・大学・NGO・自治体・企業等が国連に個別に提出する情報のインプットを指しています。
先日、実際にGSTの評価の対象となる情報のインプットを提出した国立環境研究所の研究者の皆さんとウェビナー「観測とシミュレーションで読み解く「温室効果ガス収支ー最良の科学"に向けてー」を開催しました(録画公開中)。注目すべきは、GSTが、これまでのパリ協定の実施には直接関与してこなかった自然あるいは技術系の研究者も巻き込み、気候政策と科学の距離を縮めつつある点です。例えば、IPCCは研究者が数多くの査読付き論文を中心にレビューを行い、最新の科学的知見を提供しています。一方、GSTは、科学的知見を評価したうえで、各国の次期削減目標(NDC)の強化を後押しすることを目的としています。GSTは研究者らにとって、自らの研究成果に基づき、気候政策・行動を促すためのメッセージを打ち出す絶好の機会と言えるでしょう。
他方、GST側が十分に「最良の科学」を評価に活かせているかというと改善の余地があるように思います。現在のところ、GSTの評価プロセスにおける提出された数多くの情報のインプットの位置づけがはっきりと見えていません。また、GSTの成果を基に、各国が次期NDCを強化する準備が出来ているかというと、これも未だ不透明です。
パリ協定では、各国政府は次期NDCの中で、どのように第1回GSTの成果を考慮したかを記載することが求められています。削減目標の強化という結果を確実に導くためには、「最良の科学」をただ情報のインプットに終わらせることなく、実際に活用する仕組み作りを多方面で推し進めなければなりません。例えば、情報のインプットを行った研究者らが、GSTの成果を政府、あるいは企業・自治体のそれぞれの文脈に落とし込み、解説する場を設ければ、次期目標・行動を検討するための環境を「最良の科学」に基づき提供できます。研究者には情報の提供を超えて、GSTの成果を次期NDCに橋渡しするより踏み込んだ役割が期待されています。
2023年の気候変動交渉の注目はグローバル・ストックテイク(GST)。削減目標の引き上げに資する野心的な成果を出せるかが焦点。(2023年3月13日)
各国政府は現在実施されている第1回GSTの成果を活用して2025年末までに提出する2035年の削減目標(NDC)を強化することが求められます。現在の目標値や対策は1.5度目標の達成には不十分であり、12月にアラブ首長国連邦で開催される気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、削減目標の引き上げるに資する成果が出せるかが焦点となります。
GSTの成果は各国の閣僚級や首脳級が参加するハイレベル・イベントでの議論を経て作成されますが、これまでの実施が閣僚級や首脳級の注目を集めてきたとは言い難いのが現状です。COP27期間中にエジプト議長国が開催したGSTに関する議長国イベントへの閣僚級の参加は非常に限定的でした。日本が議長国を務めるG7や9月に国連事務総長が開催する気候野心サミットでもGSTが議論される見通しで、こうした機会を通じてCOP28に向けた政治的モメンタムを醸成していくことが重要です。
IGESはGSTの成功の鍵の1つとして、市民社会、企業、地方自治体、アカデミア、NGO 等の非政府アクターの関与の重要性を強調してきました。非政府アクターが提供する科学的・技術的知識によって、GSTで評価する様々な情報のギャップを埋めることができます。GSTが多様なステークホルダーからのインプットを取り入れることで、その成果がより広く受け入れられ、NDCに沿った気候行動をより一層強化することが期待されます。
非政府アクターのGSTへの参画を促す取り組みの一環として、IGESはInstitute for Climate Sustainable Cities (ICSC)と共同でindependent Global Stocktake (iGST) の東南アジアハブを運営しています。この活動を通じて、東南アジア地域のステークホルダーの声や活動 をGSTに届け、各国のNDC引き上げにおけるGST成果の活用方法を検討することで、地域の主体的な気候行動を支援しています。