IPBES-10で決議された今後の評価報告書に関する解説
IPBES第10回総会(IPBES-10)がドイツのボンにおいて、米国政府のホストにより8月28日から9月2日にかけて開催されました。今次総会では、侵略的外来種とその管理に関するテーマ別評価報告書の政策決定者向け要約(Summary for Policymakers: SPM)(侵略的外来種のSPMに関する解説はこちら)の承認が注目されがちですが、その他にもIPBESの2030年までの周期作業計画等において重要な内容が決議されました。
IPBES-10では全体会合の他、作業部会(Working Group)が2つ、コンタクトグループが1つ設置されました。Working Group I(WGⅠ)では侵略的外来種SPMについて、コンタクトグループでは予算が議論されました。WG IIではIPCCとの連携(議題7b)、タスクフォース(議題8)、プラットフォームの有効性改善(議題9)、2030年までの周期作業計画への追加要素の要望、インプットと提案(議題10)が議論されました。本稿では、そのうち今後の生物多様性の分野において重要な要素が含まれるIPCCとの連携および作業計画への追加要素に関する決議事項について解説します。
IPCCとの連携
今年3月、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は第6次評価報告書(AR6)を公表しました。また、第7次評価報告書(AR7)に向けたプロセスを開始するため、新たなビューロー(議長団)メンバーが7月に選出されました。これまでに、IPBESは生物多様性の損失の直接要因の一つである気候変動に関しての評価の実現に向けて、IPCCとの連携を模索してきました。2020年12月にIPBESとIPCCの合同でのワークショップが開催され、2021年6月にそのワークショップ報告書を公表しました(英語・日本語解説)。しかし、ワークショップ報告書に関しては、著者選考や執筆作業、そして報告書のレビューに至るまで評価報告書の規定に沿ったプロセスを経たものではないため、各国によって承認されたものではありません。IPBESはIPCCとの共同活動を試みてきましたが、IPCCがこれまでにAR6の作成等に向けて多忙だったことから実現しないまま時が流れてきましたが、今回AR7に向けて議長を含めビューローが一新されたことで、IPCC内で共同活動に向けた機運が生まれることをIPBES事務局は期待しています。そこで今回の決議では、引き続きIPCCとの協力関係の構築や生物多様性と気候変動に関連するテーマ別または方法論上の問題に関する新たな提案募集の実施が事務局らに要請されました。今後、IPBESとIPCCの協力関係がどのような発展が遂げるかが注目されるとともに、生物多様性と気候変動のコベネフィットに関する研究や政策の必要性にも影響すると考えられます。
2030年までの周期作業計画への追加要素の要望、インプットと提案
新たな評価報告書のテーマを決めるにあたり、これまでの総会において第2回地球規模評価報告書および生態学的連結性に関するファストトラック評価報告書の作成が検討されてきました(通常の評価報告書は最低3年、ファストトラックの場合は2年という短期間で実施されます)。また、これらに加えて今次総会までに更なる要請、インプット、提案の募集がされ、MEPとビューローが規定に沿った手順で優先順位を付け報告書を作成しました。WGIIではそれに基づいて検討がなされ、今後の評価報告書の作成については、以下の通り実施時期と評価内容が決定しました:
- 第2次地球規模評価報告書:IPBES-10後にスコーピングに取り組み、IPBES-11でスコーピング文書の承認・評価報告書に着手、IPBES-15(2028年)で承認予定。第1次地球規模評価の際と異なるのは地域別評価報告書が事前に実施されない点である。そのため、どのように地域の文脈に関する部分が含まれるかが著者選考のプロセスも含めて重要と考えられる。またジェンダーに配慮したアプローチや先住民や地域コミュニティ(IPLC)、特に「母なる地球とのバランスと調和の中でよりよく生きること、自然と調和して生きること」に関する内容も十分に含まれる予定である。本評価報告書では、昆明-モントリオール生物多様性枠組や持続可能な開発のための2030アジェンダなど、自然の保全と持続可能な利用に関する目標とターゲットの達成状況を評価する。
- 生物多様性と自然の寄与のモニタリングに関する方法論に関する評価報告書(ファストトラック・2年):IPBES-11後に着手され、IPBES-13(2026年)で承認予定。昆明-モントリオール生物多様性枠組のモニタリング枠組の指標を算出するために、現在利用可能で必要なデータとシステムについて評価する。また、主要な指標に優先順位をつけ、モニタリング枠組のその他の指標についてデータの利用可能性を評価する。その他、モニタリング枠組を実施するために必要となる、国や地球規模でのデータ収集と分析のための現在の能力、キャパシティ、リソース等を評価する。
- 生物多様性を包含する統合的な空間計画と生態学的連結性の方法論に関する評価報告書(ファストトラック・2年):IPBES-12後に着手され、IPBES-14(2027年)で承認予定。昆明-モントリオール生物多様性枠組の目標とターゲットに直接関連するもの。評価では、生物多様性への配慮を、セクターや規模を超えて、空間計画に統合し、(構造的、機能的)連結性を促進するための方法、ガイダンス、ツール、シナリオ、モデル、データ、知識、能力構築を網羅する。保護区やその他の効果的な地域ベースの保全手段を含む、保全、持続可能な利用、回復のための地域を特定するためのアプローチ等を取り上げる。
- (仮)生物多様性と気候変動(テーマ未定)(ファストトラック・2年):IPBES14後に着手され、IPBES-16(2029年)で承認予定。この4つ目の評価報告書のテーマについては、まだ開始まで時間がある上、IPCCとの連携の進展にも左右されるため、引き続き検討を続けるとし、IPBES-12(2025年)において確定されることとなった。生物多様性の損失の直接要因の一つである汚染をテーマにする可能性も残されていると言える。
以上の通り、昆明-モントリオール生物多様性枠組へのインプットを強く意識した3つの評価報告書の作成が決定され、1つのテーマが引き続き検討されることとりました。第2次地球規模評価報告書においては、今回は地域別の評価報告書が作成されないため、参画する著者の地域バランスはさらに重要になると考えられます。IPBESの著者選考において、国連の6地域の地域バランスはすでに考慮されていますが、準地域のバランスも重要となってくるでしょう。モニタリングに関する評価報告書については、CBDのモニタリング枠組において現時点でまだ多くのターゲットの指標が決まっていない中で、どのように意義のあるアウトプットが出せるか、2030年まで残り4年となる2026年での公表でどれだけ各国へのモニタリングの支援につながる報告書ができあがるかが重要となってきます。空間計画と生態学的連結性に関する評価報告書においては、生物多様性枠組のなかでも特にターゲット1~3に焦点を当てています。ターゲット1の空間計画、ターゲット2の再生、そしてターゲット3に含まれている陸と海の30%以上の健全な生態系としての効果的な保全(30by30)との関係に注目が集まるかもしれません。保護区に加え、その他の効果的な地域ベースの保全手段(OECM)が重要と考えられる中、OECMの設置に関する方法論にも関心が集まると考えられます。
地球規模評価報告書を除き、3つの評価報告書はファストトラックでの実施が予定されています。生物多様性枠組の実施においてタイムリーなインプットを試みるためですが、2年という短い期間で質の高い評価が期待されます。また生物多様性に関連する分野の専門家はこれらの評価報告書の実施に先立ち、評価報告書に引用されるような意義ある研究に取り組むことが期待されます。
IPBES侵略的外来種評価に携わった技術支援機関(TSU)から
2023年8-9月に開催されたIPBES総会第10回会合(IPBES-10)において、侵略的外来種とその管理に関するテーマ別評価(以下、「侵略的外来種評価」と記載)報告書の政策決定者向け要約(Summary for Policymakers: SPM)が承認されました。この評価報告書は、学術論文やその他の文献資料に加え、先住民族や地域社会からの多大な貢献を含む13,000以上の参考文献、30,000にわたる根拠、196カ国の関連政策、195カ国の侵略的外来種チェックリスト等に基づいており、世界中で侵略的外来種に関してこれまでに実施された評価の中で最も包括的なものとなっています。内容のポイントについては、IGES研究員による「研究者の視点」をご参照ください。本稿では、IGESがホストしたIPBES侵略的外来種評価技術支援機関の活動を紹介します。
技術支援機関(TSU)とは
技術支援機関とは、英語のTechnical Support Unitの日本語訳であり、TSUと略されます。IPBES事務局(本部:ドイツ・ボン)の機能の一部を担うものとして、評価報告書の作成やタスクフォースの活動の実施をサポートするもので、これまでの各評価や各タスクフォースに対してそれぞれのTSUが世界中の様々な専門機関によりホストされてきました。
IGESは、2018年に報告書が承認されたIPBESアジア・オセアニア地域評価のTSUをホストした経験があり、その後、2019年から侵略的外来種評価のTSUをホストしています。これは事務局からのTSUホスト募集の呼びかけに応じた日本の環境省がIGESに設置する提案を行い、IPBESのビューロー会議により決定されたものです。
侵略的外来種評価の執筆者は別途公募され、これに応じ、専門分野のみならず地域バランスやジェンダーバランスにも配慮して選定された、世界47カ国86名の研究者等が無償で報告書の執筆にあたりました(途上国の執筆者に対する会議出席のための旅費等は支援があります)。当TSUは、これら執筆者をサポートしつつ、評価報告書を完成まで導く役割を担います。
評価報告書が承認されるまで
評価の作業が開始されるまでに、総会においてテーマの決定とスコーピング(テーマの根拠、有効性、適用範囲を検討するとともに、各章のアウトライン、スケジュール等を検討すること)が行われます。侵略的外来種評価については、スコーピング文書は2016年のIPBES-4で承認、評価の実施が2018年のIPBES-6で承認され、その後にTSUと執筆者の募集があり、2019年5月に評価作業が開始されました。
一般的な評価作業の中では、評価報告書の本体を章ごとに分けた各章と、各章の要約を基に政策決定に有用な情報を凝縮した政策決定者向け要約(SPM)が作成され、各章は二度の外部レビューを経て第3ドラフトまで、SPMは一度の外部レビューを経て第2ドラフトまで作成され、最終案として事務局に提出されます。しかし本評価においてはSPMに対する追加レビューが実施され、SPMの第3ドラフトまで作成されました。また、コロナ禍による渡航制限を挟み、執筆者会合が、第1回は日本・つくば、第2回はオンライン、第3回はデンマーク・オーフスおよびオンラインのハイブリッドで開催され、追加的なSPM会合もチリ・サンティアゴで開催されました(図1)。
加えて、報告書の執筆中には、IPBESに特徴的なプロセスとして、先住民や地域社会の知識体系に関する対話会合を3回開催したほか、各国のIPBES担当者(ナショナルフォーカルポイント)との対話会合やステークホルダーとの対話会合も開催しました。また、執筆者の中にはフェローと呼ばれる若手研究者が含まれますが、これはフェローシッププログラムの中で募集されるものであり、本評価に関わったフェローも執筆に参画したほか、トレーニングワークショップへの参加や総会の傍聴等の機会を与えられました。
各章とSPMの最終案は、事務局等によるチェックを経て、IPBES-10での交渉に向けてIPBESのホームページ上に掲載されました。さらに、このSPM最終案に対して政府による最終レビューが行われ、ここで出されたコメント等を踏まえた執筆者らによる修正案がIPBES-10直前に議長ノートとして出され、IPBES-10では、この修正案をもとに、各国が議論を行いました(IPBES総会で検討および承認されるのはSPMのみであり、各章は総会に受理されます)。
TSUの業務
評価報告書の作成において、執筆者との連絡調整、原稿のとりまとめ・校正、図表等のデータ管理、参考文献の管理、外部レビューコメントおよびこれに対する執筆者による回答のとりまとめ等を実施したほか、各種会議においては、スクリーン上での編集作業等に加え、会場・機材・食事等の手配から途上国出身の参加者に対する渡航支援までロジスティック面のサポートも実施しました。
当TSUはIPBES-10から1年間がその活動期間となります。現在、IPBES-10で発生したSPMへの修正内容を各章に反映させる作業を行っているほか、SPMのレイアウト版の編集作業が待っています。また、すでに本評価報告書は世界中のメディアに取り上げられていますが、今後もイベントなど、IPBESとその報告書について広く発信する機会があれば、TSUとして積極的に対応していきます。
IPBES侵略的外来種とその管理に関するテーマ別評価報告書・政策決定者向け要約の解説
8月28日から9月2日にかけて、IPBES第10回総会(IPBES-10)がドイツのボンにおいて、米国政府のホストにより開催された。ここでは侵略的外来種とその管理に関するテーマ別評価報告書の政策決定者向け要約(Summary for Policymakers: SPM)が承認され、9月4日に全世界に向けて発表された。
侵略的外来種は地球上の生物多様性損失の5大直接要因の1つとされ、ヒアリ(Solenopsis invicta)のように人に直接危害のある種が話題に上ることも多い。しかし、その実態についての情報は断片的で、最も対策が難しい直接要因とされてきた。今回発表された報告書は、学術論文やグレー文献、そして先住民及び地域社会が保有する知識も含む、世界中の幅広いデータ・情報・知識に基づく、侵略的外来種に関する史上初の総合評価の成果であり、今後の侵略的外来種対策を強力に後押しするエビデンス、ツールや選択肢を提供するものとして、注目されている。
本稿では、同報告書の外部レビューやIPBES-10日本政府代表団の一員としてSPMの交渉にも参加したIGES研究員の視点から、この報告書の4つのポイントについて解説する。
ポイント1:侵略のプロセスへの注目
報告書は、原産地では「在来種」の生物が、人によって運ばれ、他の場所で「侵略的外来種」になるまでのプロセスに注目している。このプロセスをbiological invasion(直訳すると、生物学的侵入)と定義して、4つのステージに分けて説明している。原産地で「在来種」の生物が、人によって、もともと分布していなかった場所に運ばれ、「外来種」になる。このうち、人の助けを借りずに繁殖して世代交代を繰り返すものが「定着外来種」になり、さらに、侵入先の生物多様性に悪影響を与えるものが「侵略的外来種」とよばれる。報告書によると、現在37,000種の定着外来種、3,500種の侵略的外来種が確認されている。
そもそも、最初から侵略的外来種の生物はいない。例えば日本で近年問題になっているヒアリは原産地の南米では在来種であり、日本在来で食用に広く養殖されているワカメ(Undaria pinnatifida)は北米から南米にかけての太平洋岸や西ヨーロッパ沿岸などでは悪名高き侵略的外来種である1。このように「侵略的外来種」になってしまう前の対応が重要で、そのために、報告書は侵略のプロセスに注目している。
ただし、これまで政策上であまり認知されていなかった「生物学的侵入」という概念の定義や用法について加盟国の合意を得ることは容易ではなく、交渉に長時間を要した。しかし、この新たな概念の合意に至ったことが、今回の交渉の重要な成果の1つといえる。
ポイント2:侵略的外来種の影響を定量的に評価
種絶滅の原因をみると、侵略的外来種が単独の原因であるものが16%あり、そのほとんどが島嶼部で起こっている。また、侵略的外来種と土地・海域利用変化などの他の要因との複合的な作用によるものが60%である。これらの数字は侵略的外来種が生物多様性に与える影響がいかに深刻であるかを示している。さらには、16%の外来種が自然の恵みを脅かし、7%は人の生活に直接影響している。
侵略的外来種に関わる経済コストは、2019年の試算で年間4230億ドル(およそ約62兆円2)に上ると推計されている。このコストの大部分(92%)は侵略的外来種の被害によるもの、残りのわずか8%が侵略的外来種対策のコストであり、侵略的外来種の侵入や被害防止に投資することの重要性を示している。
ポイント3:侵略的外来種導入の原因
報告書は、国際貿易が侵略的外来種導入の最大の要因であると指摘している。これには、特定の種を有用性や利益のために導入する意図的導入と、貿易品や船舶への紛れ込みなどによる非意図的導入がある。
報告書の内容から一旦逸れるが、日本における意図的導入の例にはカミツキガメ(Chelydra serpentina)やウチダザリガニ(Pacifastacus leniusculus)などがある。カミツキガメは中北米原産で、ペット用に流通したものが逸出し、捕食によって生態系を荒らすだけでなく、人に咬みついて怪我をさせることがある3。ウチダザリガニは、水産資源目的で1926年に北米から北海道に導入され、在来種の二ホンザリガニとの競合や他の小動物の捕食により生態系を荒らしている4。これらは、一部の一時的な利益や欲求充足のための海外からの動植物などの導入によって、社会がその後長期にわたって損失を被ることを示している。
報告書は、オンラインショップによるペット販売が、全世界での侵略的外来種の導入につながっていると警鐘を鳴らしている。
ポイント4:侵略のステージに応じた対策の効果と課題
報告書は、侵略のステージや陸域・海域などの違いに応じた効果的な対策があり、中でも侵入予防と早期対応の体制準備が最も有効であることを示している。対策を大きく分けると侵入経路の管理、種の管理、侵入先の場所または生態系の管理の3つがある。
例えば沿岸域では一旦侵入すると打つ手がなくなってしまうことが多いため、侵入経路の管理による予防が最重要とされている。陸域でも侵入予防が重要であるが、定着した場合の侵略的外来種個体群の封じ込めや拡散した場合の生態系管理の有効性も示されている。
陸域の個体群制御には物理的防除(捕殺・伐採など)、化学的防除(毒餌、殺虫剤、除草剤など)、生物的防除(天敵導入など)があり、実施にはそれぞれの対策の有効性だけではなく、社会的受容性も考慮する必要がある。物理的防除は、特に哺乳類を対象にする場合には動物愛護や権利の問題を孕むことがあり、化学的防除は社会的受容性が低いことも知られている。生物的防除は、拡散した侵略的外来種への長期的な対策に有効なことが知られているが、想定外の悪影響のリスクや遺伝子操作にまつわる倫理問題もある。報告書はさらに、対策の実践において、侵略的外来種の侵入経路や利用に関わる民間企業やその害を被ることの多い先住民及び地域社会など、多様な主体の連携が欠かせないことも指摘している。
侵略的外来種というと、その害ばかりに目が行ってしまいがちである。本報告書は、侵略的外来種問題をより広く、人とその他の動物や植物などの生物との関係のあり方から捉え、人と自然との関わりの問題の本質を突く、読み物としても非常に面白いものである。SPMのレイアウト版が2024年前半に発表される見通しで、それを受けた和訳の制作・発表も予定されている。これが、より多くの方の侵略的外来種への理解と、対策の推進につながることを期待している。
1 出典:https://invasions.si.edu/nemesis/species_summary/-21
2 2023年9月5日時点の為替レート(US$1 = \146.73)で計算
3 出典:https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list/L-ha-01.html
4 出典:https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list/L-kou-02.html
生物多様性減少の直接要因が対策の要-『Science Advances』掲載に寄せて
民間、行政または研究で生物多様性に関わっている方には下図を目にしたことのある方も多いのではないだろうか。これは、2005年から2018年の間に発表された学術論文に報告された生物多様性減少の直接要因を5つに分類した上で、それぞれ陸域、淡水域、海洋において相対的にどの程度支配的な影響があるかをメタ分析した結果を図示したもので、IPBES地球規模評価報告書の政策決定者向け要約に掲載された。ビジネスセクター向けにはScience-Based Targets for Nature(SBT-n)のガイダンスにも転載されている。11月9日に、IPBES地球規模評価報告書の専門家チームが、この元になった分析結果を異なる角度からより詳しく解説した学術論文を『Science Advances』誌にて発表した。私も、IPBES地球規模評価報告書の分析に加えて、今回発表された論文にも貢献している。
図から、陸域と淡水域では土地利用変化が、海洋では直接採取(漁業)が最も支配的な要因であることがわかるだろう。新たに発表された論文ではこれらに加え、次のポイントを指摘している。
- 生物多様性減少の支配的な直接要因には地域差があり、ヨーロッパ、アジアおよび太平洋地域では土地や海域の利用変化が最も支配的であるのに対し、北・中・南米とアフリカ大陸では直接採取が最も支配的である
- 生物多様性のどの側面を見るかによって支配的な直接要因は異なり、例えば種の個体群サイズの減少には土地・海域利用変化の影響が最も支配的であるが、種群構成の変化には気候変動の影響が最も支配的である
生物多様性保全には、生物多様性減少を引き起こす直接要因を特定し、解消する対策を打つことが求められる。したがって本論文が示す知見は、場所によってどの対策を優先すべきかのガイダンスとなる。
ただし、直接要因は変化し続けていることや、発表済みの学術論文が用いた直接要因と生物多様性の指標や地域などには偏りが存在することに留意しなくてはならない。例えば、気候変動の影響は、分析対象とした2005年から2018年までの間に発表された実証研究論文の中では、陸域では5要因中5位、海域では2位の支配的要因であったが、地球温暖化の進行とともに、影響が大きくなることが予想される。さらには、気候変動に伴う、あるいは気候変動対策がもたらす土地利用変化など、直接要因間の相互作用についての示唆も見受けられる。これらを念頭に置いた実効性のある対策が求められる。なお、詳細は以下もご覧いただきたい。