気候行動サミットの成果は何だったのか

ブリーフィングノート
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ポイント

  • 1.5℃目標を念頭にした2050年ネットゼロ排出が野心度を測る一つのベンチマークとなった。
  • 59カ国が2020年末までにNDC引き上げを行うと表明し、11カ国が既に国内プロセスを開始しているとされる。また、66カ国・地域、10の州、102の都市、87の企業、そして12投資機関が2050年までにネットゼロ排出を達成、あるいはそれに向けた動きを加速すると表明1
  • 島嶼国、後発発展途上国および欧州諸国が排出削減目標の引き上げに向けた動きをけん引しているが、排出量上位国が含まれていない。今後一年間でさらに多くの国が引き上げを実施することが切望される。
  • 世界の排出量の15%以上を占める国、地域、都市が2050年ネットゼロ排出を表明。企業・投資家の動きと合わせて、今後、より力強い機運が生み出される可能性がある。
  • 今回、石炭火力発電所新設の中止へのコミットメントは見られなかったが、国際社会の議論が1.5℃目標に軸足を移すことで、石炭火力への風当たりはより強くなる。
  • 気候正義の問題が浮き彫りになった。

 

1. 1.5℃目標を念頭にした2050年ネットゼロ排出が野心度を測る一つのベンチマークに

パリ協定は、地球の気温上昇を産業革命前に比べ「2℃よりも十分低く」抑え、さらには「1.5℃未満に抑えるための努力を追求する」という長期気温目標を掲げている。しかし、その後発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の1.5℃特別報告書では、1.5℃上昇と2℃上昇がもたらす影響には相当の違いがあることが示された。また、1.5℃未満に抑えるためには、世界の排出量を2030年には2010年比45%削減し、2050年頃までに正味(ネット)ゼロにしなければならず、社会経済システムの広範かつ急速な変革が必要になるとしている。さらには、各国が現在掲げている2030年排出削減目標の達成にとどまった場合、2030年以降に劇的な排出削減を行ったとしても1.5℃に抑えることは困難になるとの結論を提示した。このことは、今後30年余でネットゼロ排出を達成するためには、今からすべての投資サイクルを変えていかなければいけないこと、2030年排出削減目標の引き上げが急務であることを意味する。

こうした状況の中、国連気候行動サミットにさきがけて、グテーレス事務総長は各国・各界のリーダーに対し1.5℃目標を念頭においた行動を求めた。つまり、2020年までに現行の国別排出削減目標を上方修正、2050年までのネットゼロ排出の達成、2020年以降の石炭火力発電所新設の中止、化石燃料補助金の中止についての具体的かつ現実的な計画・行動を、サミットの場で示して欲しい、というものであった。

今回の国連気候行動サミットにおける緩和戦略トラックのリード国を務め、また、COP25議長国でもあるチリ政府によると、59カ国が2020年末までにNDC引き上げを行うと表明し、11カ国が既に国内プロセスを開始しているとされる。また、66カ国・地域、10の州、102の都市、87の企業、そして12投資機関が2050年までにネットゼロ排出を達成、あるいはそれに向けた動きを加速するとの表明を行った2。1.5℃目標の達成は困難を伴うものではあるが、今回の国連気候行動サミットを通じ、多くの国々や企業・投資家が1.5℃目標を念頭においた時間軸、つまり2050年までのネットゼロ排出目標を打ち出したことは、今後、気候行動が野心的かどうかの判断をする上での新たな基準(ベンチマーク)となったといえる。この基準からみると、日本が長期戦略で掲げる、2050年80%削減、今世紀後半のなるべく早い時期にネットゼロ排出の達成は不十分なものとしてみなされる。

 

2. 小島嶼国、後発発展途上国、欧州が排出削減目標の引き上げに向けた動きをけん引しているが、具体性を欠くものが多く、また、排出量上位国が含まれていない。今後一年間でさらに多くの国が引き上げを実施することが切望される

2020年までのNDC引き上げを表明した59カ国の内訳をみてみると、G20あるいはOECDメンバー国は5カ国であり、大半を小規模の途上国が占めた。特に小島嶼国あるいは後発発展途上国(LDCs)は39カ国にのぼった。また、引き上げに向けた国内プロセスを開始している11カ国はすべて欧州諸国である。小島嶼国、後発発展途上国、欧州が引き上げに向けた動きをけん引しているといえる。しかし、中国、米国、インド、ロシア、日本、ブラジル、豪州といった排出量の上位国が含まれないため、引き上げ表明をした国々のGHG排出量の合計は世界排出量の約11%を占めるにとどまっている。

排出カバー率が低いことに加え、NDC引き上げについては具体性を欠くものが多く、現時点で世界が2030年45%削減に向かっているとは評価できない。今後一年間でさらに多くの国が引き上げを実施することが切望される。実際、チリ政府の作成したリストに載っていない国でも、NDC引き上げに向けた準備を行っている国はあるため、これらも含め、今後目標達成に向け具体的な政策・措置、あるいはその基本的方向性が示されること、そして世界でNDC引き上げに向けた機運が形成されて行くことが期待される。

 

3. 世界の排出量の15%以上を占める国、地域、都市が2050年ネットゼロ排出を表明。企業・投資家の動きと合わせて、今後、より力強い機運が生み出されることが期待される

世界の排出量の8割近くを占めるG20諸国のうち、2050年までのネットゼロ排出を表明した国は7カ国・地域と限定的であった。特に、中国、米国、インド、ロシア、日本、ブラジル、豪州といった排出量の上位国からの表明は見られなかった。しかし、国レベルではネットゼロ表明を行っていない米国と豪州のうち、カリフォルニア州、ハワイ州、ニューヨーク州、オーストラリア首都特別地域、クイーンズランド州、サウスオーストラリア州、ビクトリア州が2050年までのネットゼロ排出を表明しており、これらの州と66カ国・地域を加えると、2050年ネットゼロを目指す国・地域・州は世界の排出量の約15%を占めることになる3。さらに、中国の青島、南京、米国のボストン、シカゴ、ダラス、フィラデルフィア、ピッツバーグ、ベトナムのハノイ、ホーチミン、インドネシア・ジャカルタ、南アフリカ・ケープタウン、ブラジル・リオデジャネイロ、カナダ・モントリオール、そして東京都、横浜市などの大都市も独自に2050年ネットゼロ排出を目指している4

今回、2050年正味ゼロに向けた取り組みを発表した87の企業の時価総額は2.3兆ドルとなり、その総雇用者数は420万人となる。それぞれの本社は27カ国にまたがっている5。また、運用資産総額2.4兆米ドル(約260兆円)にのぼる12の機関投資家は、投資先企業にビジネスモデルの脱炭素化(2050年正味ゼロ排出)を求めるエンゲージメントを開始するとしている6

今後、各国の長期目標や長期戦略を巡る議論が、2050年ネットゼロ排出という1.5℃目標を念頭においた削減努力・時間軸を中心に展開できるかが注目される。トランプ政権の下では、こうした議論は不可能と思われ、中国やインドにおいても政府内でネットゼロ排出が公式に議論される状況ではない。しかし、世界排出量の約15%を占める国・地域・州において2050年ネットゼロ排出が目指され、さらに都市や企業・機関投資家が動きだすことによって、より大きな圧力となっていく可能性がある。

なお、今回、2050年ネットゼロ排出を宣言した66カ国・地域のうち8カ国・地域がNDC引き上げに関するコミットメントを行っていない。2050年ネットゼロ排出といった野心的な目標は、短期の行動から目をそらせるものではなく、野心的な長期目標と短期の行動はセットで提示されることが望ましい。

 

4. 今回、石炭火力発電所新設の中止へのコミットメントは見られなかったが、国際社会の議論が1.5℃目標に軸足を移すことで、石炭火力への風当たりはより強くなる

IPCC1.5℃特別報告書では、気温上昇を1.5℃に抑える排出シナリオにおいて炭素回収貯留(CCS)付きであっても石炭火力発電は急減し、2050年までにほぼゼロとなるとしている。しかし、グテーレス事務総長が求めた2020年以降の石炭火力発電所新設の停止へのコミットメントについては、今回のサミットでは特段取り上げられなかった。その一方で、既存石炭火力への取り組みがいくつか紹介された。中でも、ギリシャが2028年までに褐炭火力発電所を廃止すること、ハンガリーが2030年までに石炭火力の廃止を約束した。

日本は、これまで国内での石炭火力新増設や海外での石炭火力プロジェクト支援に対して批判を受けてきたが、今回のサミットでみられたように、国際社会での議論が1.5℃目標に軸足を移すことで、さらに批判が高まることにつながる。また、経済的な観点からみても、CCS付き火力発電のイノベーションへの固執は、既に急成長している再エネ・蓄電池、省エネ関連のビジネスの機会喪失のリスクにつながる恐れがある。

 

5. 気候正義の問題が浮き彫りになり、日本も厳しい目で見られることになる

「気候変動の危機」に対して大人が行動をとらないことへの抗議として、スウェーデンの学生グレタ・トゥーンベリさんが開始した学校ストライキは、今や世界的な現象となり、国連気候行動サミット中のグローバル気候ストライキでは全世界で800万人近くが参加するに至った。このままでは今後の人生の大半を1.5℃、2℃あるいはそれ以上に温暖化した世界で生きていくことになる若い世代は、現在の対策の遅れがもたらす悪影響をまさに被る世代となるが(現状の温暖化のペースが続けば2040年頃には1.5℃上昇になるとみられている)、彼ら彼女らの大半は現在の意思決定には直接的には関わることはできない。それにもかかわらず、大人、つまり現在の意思決定にかかわる世代が対策を取らないということは、世代間の不公正、不正義といえる。こうした考えを根底に、若い世代が当事者意識を持ち、必要な対策を取らない大人に対して「自分たちの将来を奪わないで」と早急に行動を取ることを求めることは、世代を超えた共感を呼び、世界規模の運動となってきている。

このような世代間の不正義に加え、温暖化の進行に貢献してきた温室効果ガスの大排出国が率先的な対策をとらず、むしろそのしわ寄せは排出量が少ない島嶼諸国や後発発展途上国に押し付けられるという不公正、不正義の問題も今回、あらためて浮き彫りになった。気候正義とは、こうした不公正、不正義を是正しながら温暖化対策を求めるものである。しかし、前述のとおり、今回のサミットにおいて排出削減目標の引き上げを表明した国々の大半は、排出量は少ない島嶼諸国やLDCsであった。さらに、2050年ネットゼロ排出を表明した国々に大排出国はほとんど含まれなかった。つまり、気候正義に基づけば、行動をとるべき国がその責任を果たしていないことになる。

気候正義を求めることは、温暖化問題に対する責任の所在を明確にして、責任ある行動を求めていくことに他ならない。図1にあるように、CO2累積排出量が0.4%に過ぎないAOSIS諸国が、削減目標の引き上げや2050年までのネットゼロ排出を目指すことを表明しているのに対し、世界第6位のCO2累積排出国であり先進国である日本が削減目標の引き上げに応じず、2050年より遅い時期でのネットゼロ排出を目指すということは、今後、さらに厳しい目で見られることになる。1.5℃目標に向けて何ができるのかという視点に立ち、日本がネットゼロ排出をいつ達成すべきなのか、いつ達成できるのか、そのためには何が必要なのか、といった議論が国内で深まることが求められる。

図1

NDC引き上げ表明及び2050年ネットゼロ排出を宣言した国(チリ政府発表に基づく)7

図2

 

  1. 日本では77カ国・地域が2050年ネットゼロ表明と報道されているが、国連も77カ国・地域から66カ国に訂正している。
  2. https://www.cop25.cl/en/alianza-de-ambicion-climatica-las-naciones-impu…
  3. 重複を避けるため、EU加盟国のうち、個別に表明を行っている国の排出量は除いた数値。なお、Energy and Climate Intelligence Unit (2019) Countdown to Zeroによると、計算のベースが異なるものの、「世界17カ国が2050年までのネットゼロ目標を設定、または設定を検討中で、同様の目標を決定・検討している都市・地域を含めると、世界のGDPの16%を占める」としている。
  4. 今回のチリ政府発表のリストには含まれていないが、京都市が日本の自治体としては最初に「2050年までのネットゼロ排出」の表明を行っている。また、本年10月7日には、大阪府の吉村知事が府議会で「2050年までのCO2実質排出ゼロ」を打ち出している。
    https://www.city.kyoto.lg.jp/kankyo/page/0000252588.html
  5. https://www.unglobalcompact.org/news/4476-09-21-2019
  6. https://www.unepfi.org/net-zero-alliance/
  7. https://www.cop25.cl/en/alianza-de-ambicion-climatica-las-naciones-impu…
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