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2019年8月、気候変動と人間の土地利用の関係について、これまでの科学的知見をまとめたIPCC[1] 特別報告書「気候変動と土地(Climate Change and Land)[2]」(以下、報告書)が公表された。土地利用というと、私たちの日々の暮らしとはかけ離れた話に聞こえるが、食料や水、木材、繊維、鉱物など様々な資源は、その場所に生息する動植物や土壌、地下資源を含め、「土地」に由来しており、人間の生存に密接に関係している。もしかすると、英語の「land」を「土地」と訳すよりは、「大地」と訳した方が日本語の感覚には合うかもしれない。私たちの暮らしは「大地の恵み」によって成り立っており、私たちは人間の生活に役立つように自然を開発し土地を利用してきた。報告書は、人間による大規模な自然の改変は、温室効果ガス(GHG)の排出・吸収、大気と陸地の熱交換、水循環等を変化させ、気候システムに大きな影響を与えていること、逆に気候変動によって生じる大雨、干ばつ、熱波による土壌の流亡や劣化、森林火災等が土地に影響し、私たちが受けてきた大地からの恩恵、特に食料生産がこれまで通りではなくなることに焦点を当て、その対応策についてこれまでの科学的な知見をとりまとめている。
1. 気候変動の土地に対する影響と人間社会のシステムへのリスク
2015年時点で、陸地面積の約3/4は居住地、牧草地、農地などとして利用されており、手つかずの自然として残っているのはわずか28%(そのうち12%は利用が困難な荒野)である [SPM Figure SPM.1][3]。2006~2015年の陸域の平均気温は1881~1990年に比べて1.53℃上昇しており[SPM A.2]、地球温暖化の人間社会への影響はすでに表れ始めている。温暖化は、砂漠化(乾燥地の水不足)、土地の劣化(土壌侵食、植生の損失、山林火災、永久凍土の融解)や食料安全保障[4](熱帯の作物の収量と食料供給の不安定化)のプロセスに影響する。そしてこれらのプロセスの変化は、食料システム、生計手段、土地の価値、人間と生態系の健康、インフラストラクチャーといった人間社会のシステムへのリスクとなる(図1)[SPM Figure SPM.2]。最近の気温上昇で、これらすべてに影響が出始めていることが示されており、特に永久凍土の融解と熱帯の作物収量減少はそれより低い気温上昇でも影響が生じるとされている。気温上昇を1.5℃に抑えたとしても、食料供給が不安定になり世界の食料システムに問題が生じる可能性がある。
2. 土地に関連する気候変動によるリスクへの対応策
土地に関係する気候変動による人間社会システムのリスクへの対応策としては、気候変動を最小限に抑える気候変動緩和策と適応策に加え、図1で示された食料、健康などの人間社会システムに影響を及ぼす砂漠化・土地劣化防止、食料安全保障に関する対策が必要である。
2-1. 土地に関連する気候変動緩和策
農業、林業、その他の土地利用(AFOLU)からの人為的なGHGの排出量は約12.0Gt CO2e/年(2007~2016年のCO2, N2O, CH4を含めた値)で、世界の総排出量の約22%に相当し、運輸セクター、産業セクターからの排出に匹敵する大きな排出源となっている[SPM Table SPM.1]。それと同時に、主に森林によって約11.2tCO2/年を大気中から吸収している。報告書では、従来のAFOLUに加えて「食料システム」としての排出量についても言及している。食料の生産に直接関連する排出(農業と農業に由来する土地利用変化)に加え、加工、流通を経て最終的に消費されるまでのプロセス全体を考慮した食料システムからの排出は約14.8GtCO2eq/年で、世界の総GHG排出量の21~37%を占める[Table 5.4]。フードロス(生産から消費までのプロセスにおける損失やまだ食べられる食品の廃棄など)によるGHG排出量は約3.3Gt CO2eq/年と推定され、これは食料システム全体の排出の8%に相当する[5.5.2.5]。フードロスや食生活の変更(肉の摂取を減らす)は、食料システムの排出を抑制するだけでなく、農地や放牧地の拡大も抑制する[SPM B6.2]。食料システムという視点が取り入れられたのは、農業(食料生産・供給)は食料の需要と密接に関連しており、生産側だけではなく、消費側の取り組みが重要であるからであると考えられる。また、食料システムはグローバル化し、一国の中で完結していないため、世界的なサプライチェーン(バリューチェーン)での排出削減の取り組みが重要となると考えられる。
2-2. 土地関連セクターの対策のコベネフィットとトレードオフ
土地に関連する気候変動リスクへの対応策の特徴は、多くの対策が食料問題と土地劣化・砂漠化防止、さらにはその他の環境・社会問題に対しても同時に貢献できる(コベネフィットをもたらす)ことであり、貧困削減など社会のレジリエンス強化を通じて持続可能な発展にもつながることを、報告書は強調している(図2)[SPM Figure SPM.3]。例えば、農業において生産性の向上に取り組むことは、気候変動の緩和、適応、砂漠化防止、土地劣化防止、食料安全保障のすべてに良い影響を大きなスケールで及ぼすことができると評価している。一方で、より多くの土地を必要とするような対策は、食料生産との間で土地の競合を引き起こし、食料安全保障にマイナスの影響を与える可能性がある。例えば、バイオマスエネルギーの推進や植林の拡大は有効な気候変動緩和策であるが、食料のバイオマスエネルギーへの転用や、バイオマスエネルギー作物生産や植林を実施する新たな土地の確保といった、食料安全保障を不安定化させる要素がある。土地に関連する対策を大規模に実施するためには、トレードオフ(例えば、気候変動緩和策として有効であるが、食料生産を減少させる可能性がある)を十分に検討し、マイナスの影響を防止する対策が必要である。報告書は、このような複雑な問題に対処するためには、単純な1つの政策を実施するのではなく(例えば、バイオマスエネルギーの推進政策のみを実施する)、そこから派生する可能性のあるマイナスの影響に対応する政策(例えば、食料安全保障に関連する政策)を複合的に実施する必要があり、それによって持続可能で気候変動への脆弱性を克服した(レジリエントな)社会システムの発展に寄与することができると主張している[SPM C1.4]。
3. 温暖化を1.5℃に抑えるための将来の土地利用
3-1. 1.5℃報告書で示された土地セクターの重要性
報告書のハイライトは、地球温暖化を1.5℃に抑制するための気候変動緩和策を実施した場合の将来の土地利用の予測を示したことである。昨年発表されたIPCC特別報告書「1.5℃の地球温暖化(Global Warming of 1.5℃)[5]」(以下、1.5℃報告書)では、温暖化を1.5℃以下に抑制するためのGHG排出削減の2100年までの道筋が、社会の発展の仕方(共通社会経済経路:SSP[6])によって異なることが示され、さらに土地セクターの貢献度合いも異なることが示された(図3上)。図示された3つの社会発展経路のいずれにおいても、温暖化抑制のために化石燃料消費に関連するあらゆる産業において大規模な排出削減を実施する必要があるが、それだけでは足りず、二酸化炭素除去(CDR, carbon dioxide removal)技術を使用して大気中からCO2を大量に取り除いていく必要もある。つまり、土地関連セクター(AFOLU)において大幅な排出削減を行うと同時に、森林の炭素固定能力を最大限活用し、CDRとして機能することが求められる。それに加えて、BECCS[7](CO2回収・貯留を付随したバイオマスエネルギー)という技術を活用し、大気中のCO2を除去する必要があることが示された。世界が持続可能性(サステイナビリティ)を重視した社会へと移行した場合(SSP1)でも、森林とBECCSによって大気中の炭素を回収・固定する必要があるが、これまで以上に化石燃料を消費し続ける社会へと移行した場合(SSP5)、森林とBECCSへの依存度は非常に大きくなる。
3-2. 温暖化を1.5℃に抑えるための将来の土地利用
報告書では、社会経済発展の経路に対応した温暖化を1.5℃に抑制するための緩和策をそれぞれ実施した場合、将来の土地利用がどのように変化するかを示した(図3下)[SPM Figure SPM.3]。その結果、図示された3つの社会経済発展経路すべてにおいて温暖化を1.5℃に抑制しようとするならば、森林とバイオマスエネルギー原料生産のための土地を現在よりもそれぞれ400万~700万km2増加させる必要がある(参考:オーストラリアの面積は770万km2)。そして、その土地を確保するためには、農耕地と牧草地(家畜飼料を生産するために使用される土地)を大幅に減少させる必要がある。ただ、その過程にはシナリオによって違いがあり、社会が循環型へと移行し、化石燃料使用による排出を十分に削減した上で、土地管理、農業の集約化、生産と消費においても持続可能性を重視すれば(SSP1)、世界の人口と一人当たりの食物消費量が増加したとしても、必要となる農地と牧草地の面積がおのずと減少するので、それによって空いた土地の森林とバイオマスエネルギー原料生産への活用が可能になるとしている。一方で、資源集約型で化石燃料を消費する社会(SSP5)で気温上昇を1.5℃に抑えるためには、2030年頃から急速にBECCSを導入しなければならないが、それにともないバイオマスエネルギー作物栽培地を拡大しなければならない一方で、食料を確保するための農地・牧草地も引き続き必要であるという状況が生み出される。その結果、すでに残り少ない自然植生がさらに失われ、気候変動対策のための土地と食料のための農地・牧草地の間で「土地を巡る競合」が生じ、土地価格、食料価格の高騰などにつながる可能性があるとしている。
4. おわりに
気候変動を緩和し地球温暖化を1.5℃に抑えることのみに焦点を当てて考えてしまうと、将来の土地利用の決定において、気候変動の緩和か食料安全保障かという選択を迫られることになると想像してしまう。しかし、人間社会は大地の恵みによって成り立っており、社会の持続可能な発展を考える上で食料安全保障を犠牲にするのは現実的に不可能であり、このような土地利用選択を迫るような状況は回避しなければならない。そのためには、まず、すべてのセクターにおいて大規模なGHG排出削減に取り組む必要があると報告書は強調している[SPM D.3]。そうすることで、気候変動の食料システムへの影響、さらには社会の持続可能な発展へのマイナスの影響を小さくすることができる。その上でさらに、土地関連の対応策を実施する必要があるが、それを検討する際には、社会の持続可能な発展に対するコベネフィットを生み、貧困の削減などに貢献することも考慮する必要がある[SPM D.2]。つまり、短期的なGHG削減という気候変動緩和のための効果だけではなく、長期的な視野でSDGs[8]に掲げられている貧困削減、食料問題、健康、教育など人間社会の持続可能な発展に関わる他の分野への影響(コベネフィットとトレードオフ)を考慮し、それらの対策と合わせて対応策を検討し、実施していくことが重要であると考えられる。
- IPCC: 気候変動に関する政府間パネル (Intergovernmental Panel on Climate Change)
- サブタイトルは、気候変動、砂漠化、土地の劣化、持続可能な土地管理、食料安全保障及び陸域生態系における温室効果ガスフラックスに関するIPCC特別報告書(IPCC Special Report on Climate Change, Desertification, Land Degradation, Sustainable Land Management, Food Security, and Greenhouse gas fluxes in Terrestrial Ecosystems)
- [ ]内はIPCC特別報告書「気候変動と土地(Climate Change and Land)」からの引用箇所を記載した。SPMは政策決定者向けサマリー(Summary for Policy Makers)からの引用であることを示す。報告書はIPCCのウェブサイトからダウンロードできる(https://www.ipcc.ch/srccl-report-download-page/)。
- 食料安全保障:全ての人が、活動的・健康的生活を営むために必要な十分かつ安全で栄養価に富む食料を得ることが出来る状態を維持すること
- https://www.ipcc.ch/sr15/
- SSP (Shared Socioeconomic Pathways): 2100年までの異なる社会経済発展シナリオで構成された5つの経路で、IPCC報告書をはじめ様々な分野の将来予測で使用されている。図3で使用されている
SPは以下の3経路である
SSP1:2100年の人口は70億人、収入が向上し格差は縮小、自由貿易、環境に配慮した社会を想定する/ SSP2:2100年の人口は90億人、中程度の収入で、技術開発、生産、消費パターンはこれまでのトレンドを想定する/
SSP5:2100年の人口は70億人、収入が向上し格差は縮小、自由貿易、資源集約的な生産、消費とライフスタイルを想定する - BECCS (Bioenergy with Carbon Capture and Storage):バイオマスエネルギーは、植物由来のバイオマス原料は成長時に大気中のCO2を吸収しているため、エネルギー使用の際のCO2排出量は実質ゼロ(ゼロエミッション)とみなすことができる。バイオマスエネルギー使用時に、CO2を回収し貯留する(CCS)技術を合わせて用いることで、実質的に大気中のCO2を吸収する(ネガティブエミッション)とみなすことができる。
- SDGs:(Sustainable Development Goals)持続可能な開発目標
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