書評 「Bankrupting Nature: Denying Our Planetary Boundaries」 - 自然の破綻なき繁栄の鍵を握る「成長のジレンマ」への挑戦

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書評: ローマクラブ報告書「Bankrupting Nature: Denying Our Planetary Boundaries」
アンデシュ・ヴィークマン、ヨハン・ロックストローム著
2012年11月5日出版 Routledge, 224 pages

自然の破綻なき繁栄の鍵を握る「成長のジレンマ」への挑戦

本書は、蔓延する貧困、劣化する自然、そして危機に対して有効な対処ができない国際社会の現状を憂い、人類の未来に思いを馳せる人々に広く読まれるべき警世の書である。

本書でとりあげられている一つ一つのトピックについては、特に目新しいものではないかも知れない。著者の一人であるロックストローム博士らが提唱するプラネタリー・バウンダリー(地球環境の限界)アプローチは、人間の活動の基盤として不可欠な生物物理学的プロセスのうち、最も重要と考えられる気候安定化や窒素循環などのいくつかのプロセス(本書では10プロセス)について、地球の環境容量の限界を定量化し、人類が安全に活動できる領域(safe operating space)を定義しようとするものであるが、リオ+20における国際交渉において議論されるなどすでに広く認知されつつある。また、人為的原因による気候変動も、気候変動交渉を巡る国際政治の機能不全も、一つ一つの話題としてはすでに広く知られている。さらに食糧生産-化石燃料消費-水需要-気候変動が相互連関した複雑な問題であり、途上国で急増する人口の問題も含め包括的に取り組んでいく必要性についても全く新しい提案という訳ではない。

しかし、これらの幅広いトピックを一冊の本にとりまとめ、さらに人間の活動の基盤である自然環境の生物物理的限界の定量化という困難な挑戦の最前線に立つ科学者(ヨハン・ロックストローム)と、スウェーデン国会議員および欧州議会議員として気候変動や化学物質管理などの国際環境問題を扱ってきた政治家(アンデシュ・ヴィークマン)が、データとそれぞれの経験に裏付けられた議論を展開している点で、本書の発する警告には強い説得力がある。例えば、プラネタリー・バウンダリー研究の最新の知見として、地球環境問題の代表格となっている気候変動に加え、窒素循環、リン循環および生物多様性に関するプロセスですでに限界を超えていることを示す一方、現在の気候変動対策をめぐる状況とよく似たケースとして、たばこ規制をめぐる科学と政治(この場合はたばこ企業からの圧力)の暗闘を分析し、科学的不確実性を理由に対策の導入が阻まれかねない危険性を浮き彫りにしている。これらの現実分析の裏付けのもと、自然環境の破綻をもたらしつつある現状への強烈な警告を発している点で、本書の意義は大きい。

本書は、これらの問題に対する対策についても広い提言を行っており参考になる。特に現在の金融システムの問題点、たとえばプラネタリー・バウンダリーを脅かす長期的リスクをまったく反映していない点や、金融機関が発行するクレジットが実体経済の生産量の数倍に達している問題点などへの指摘は重要である。これらの問題点を踏まえ、著者らは金融システムを社会全体に貢献するような形に再構築する必要性を訴えている。また商品の販売ではなくサービスの販売を基盤とし、リサイクルやリユースなどを最大限活用した循環型社会への転換の提言については、比較的詳細に記述されており、興味深い。しかし個々の提言もさることながら、「成長のジレンマ」という難問を大きく取り上げている点に注目すべきであろう。

「成長のジレンマ」とはティム・ジャクソンが2009年に出版し大きな話題を呼んだ報告書「成長なき繁栄」で取り上げた問題である。これは、これまで先進国が実現してきたような経済成長はプラネタリー・バウンダリーのような環境制約を考えると持続不可能であろうが、一方で経済成長をやめる「脱成長」は社会経済システムを不安定化させてしまう、というジレンマである。先進国にとっての成長のジレンマがいかに深刻かを理解する上で、著者らが指摘するように「中国やその他の途上国は開発と近代化を進めるすべての権利を有する」という認識が重要である。中国やその他の途上国は先進国並みの生活スタイルおよび経済パフォーマンスを実現するすべての権利を有する、と言い換えればより問題が明らになる。キャッチアップされる側である先進国において全世界の人が同時に採用可能な生活スタイル・経済パフォーマンスを実現できていないことこそが、プラネタリー・バウンダリー内での持続可能な開発を世界的に目指すうえでの障害なのである。新興国・途上国は、先進国レベルへのキャッチアップを果たすまではGDP成長を追求する権利があることを考えれば、先進国がGDP成長を維持することが解決ではなく、むしろ問題の悪化であることが理解しやすいであろう。

先進国が直面する成長のジレンマに対する政治的に魅力的な解は、技術革新により資源効率性や環境効率性を劇的に高める成長と資源利用・環境負荷の切り離し(デカップリング)である。しかし現在の経済社会システムにおけるGDP成長の役割を考えるならば、効率性改善に頼った持続可能な生産と消費の実現は不可能であろう。持続不可能なレベルまで消費が高度化している先進諸国において、広告などを通じて無理に消費意欲を喚起してまでGDP成長を追求せざるを得ないのは、金融システム、年金制度あるいは雇用制度などがGDP成長に依存したシステム設計になっているからである。不況などのシステム破綻を避けるためには、「十分に力強い」GDP成長が必要なのである。このような制度設計のもとでは、より急速なGDP成長は社会的に必要、すなわち「善いこと」であり、可能な限りGDP成長率を高めることへの強烈なインセンティブが働いている。このようなGDP成長依存システムのもとでは、効率性改善の果実が資源利用・環境負荷の絶対量削減ではなく、より急速なGDP成長に使用されることは当然であろう。リバウンド効果はパラドックスでも何でもなく、GDP成長依存社会の必然の帰結なのである。

このように考えると、成長のジレンマを解くうえで、いかにしてGDP成長に依存しない制度設計に作り変えていくかを追求する方が実現可能性はむしろ高いであろう。著者にならってティム・ジャクソンの「成長なき繁栄」から引用するならば、「絶え間ない消費の成長を前提としない安定かつ持続可能なマクロ経済を作りあげることは喫緊の課題である。西側諸国の先進的な経済にとって、成長なき繁栄はもはやユートピア的空想ではない。それは財政的かつ生態学的に不可欠なのである」。

成長に依存しない制度設計に作り替えたうえで、プラネタリー・バウンダリー内でいかに豊かな生活を実現できるか、という形で持続可能な開発の問いをたてる場合に、はじめて技術革新によるデカップリングが解となりうる。技術革新を環境制約の緩和に用いるのではなく、制約下でのフロンティアの拡張に活用するのである。このアプローチは正しい結果をもたらすだけではなく、技術革新へのインセンティブにもつながる。技術革新が十分でなければ地球がもたない可能性がある、と脅かされるよりは、技術革新を実現するごとに生活の質が向上するという状況の方が、自由な発想で創意工夫が行われるであろう。そして能力的にも経済的にも恵まれた先進国がプラネタリー・バウンダリー内で魅力的な豊かな生活を実現するグリーン経済モデルを実現することで、はじめて新興国・途上国に対して自分達のグリーン経済モデルを推奨することが可能になる。

以上、本書の問題提起に対する筆者の個人的見解を紹介したが、もちろんこれも著者らが本書で提示する解決策同様、参考意見にすぎない。著者らが本書で最も伝えたかったメッセージは、本書の巻頭と掉尾をともに飾っているイロコイ族酋長オレン・ライオンズの言葉につきる。曰く、「酋長に与えられた第一の責務として、我々はいつも7世代先の人々の幸福や福祉と関連づけて、将来を考慮しながらすべての決定を必ず行うようにしている」。

一人でも多くの人が本書を手に取り、この言葉に含まれる地球市民としての知恵と責任感を持つならば、そして本書に含まれる幅広い情報の中から現時点で科学的に分かっていること、分かっていないことを理解し、今の「常識」や社会の仕組みを変えることの難しさを認識したうえで、自分の価値観に基づく自分なりの解決策を模索するならば、持続可能な開発は実現不可能なユートピア的空想ではなくなるだろう。我々が問題を解決する能力を持続的に成長させる余地は限りなく大きいのである。

Remarks:

English version: http://pub.iges.or.jp/modules/envirolib/view.php?docid=4215

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