私達の日々の暮らしを営む行動、例えば食べる、移動する、家を暖めたり冷やしたりする、家族の世話をする、働くといった行動は、環境のサステナビリティに大きな影響を与える要素の1つである。私達は、地球や地域の環境容量を超えたものを消費し、生物多様性、生態系や気候に取り返しのつかない影響を及ぼしている。それだけではない。現在の私達の暮らしは、社会的な不平等を広げ、心と体の健康を害している。経済発展と都市化が多くの国で続くと予想されるなかで、私達の大量消費型の暮らしを、環境や社会への影響が少ない責任ある暮らしに変えていく必要がある。また同時に、多くの社会において、人々が環境、経済や社会の状況の急激な変化に見舞われ、安定と安全を欠く暮らしをしているということも事実である。私達は、誰もが信頼できる方法で日々のニーズを満たすことのできる社会を作る努力を続けなくてはならない。つまり、私達は、私達の毎日の暮らしが環境や社会に及ぼす負の影響を抑制すると同時に、安全で安定した方法で日々のニーズを満たすことの2つを同時に追求しなくてはならない。
このような文脈で、2014年、国連持続可能な消費と生産10年計画枠組み(10YFP、またはOne-Planet Network)の6つのプログラムの1つである持続可能なライフスタイル及び教育(SLE)プログラムが発足した。SLEプログラムは持続可能な暮らしへの転換を目指す24のプロジェクトを支援した。24のプロジェクトはそれぞれ、地域の人々が、持続可能でレジリエントな暮らしを営むことのできるコンテクストを作り出す機会を探し出し、それぞれが目指す持続可能な暮らしの実現に向けた様々な活動を行った。時にはCOVID-19パンデミックのように予想しない困難な状況に直面し、予定していた活動を実施できなくなってしまうこともあった。しかし、困難な状況にあってこそ、プロジェクトチームや参加者たち、そしてSLEプログラムの調整デスクは、持続可能で信頼できる暮らしを実現するとはどのようなことなのか、深く考えることができた。
この報告書では、プロジェクトから得られた学びの要点として、プロジェクトが取り扱った持続可能な暮らしの課題、持続可能な暮らしを実現するために活用した機会と実施した行動、活動から得ることのできた学び、そして達成できたことを紹介する
- 持続可能な暮らしの課題:社会、経済、環境の状況は国と地域によって全く異なるので、人々の暮らしを持続可能でないものとする課題もまた多様である。例えば、水、エネルギー、食の需要の増加、食や他の廃棄物の増加や、生業や食、水、健康、住居などの基本的ニーズを満たす手段の不安定さなどがあった。持続可能な暮らしを実現する取り組みとは、人々が暮らしに伴う負の影響を抑制する「責任ある暮らし」と、安定した生業やベーシックニーズを満たす手段を手にする「信頼に足る暮らし」とを送ることのできる、今までとは異なる暮らしの条件を作っていくことである。
- 持続可能な暮らしを実現するために活用された機会:上記の課題に取り組むため、プロジェクトは様々な機会を活用した。地域の市民や行政、企業などの間で課題が認知されていること、環境影響の少ない方法で人々のニーズを満たすことのできる未活用の資源が地域にあること、課題に取り組むツールや方法論が手に入ることなどである。
- 実施した行動:プロジェクトは、いくつかのアプローチを組み合わせて課題に取り組んだ。現在の消費や生業のパターンが環境や暮らしの安定性に及ぼす影響の可視化、今とは異なる暮らし方のもたらすメリットの可視化、今までと異なる方法でニーズを満たすことを可能とするツール、装置や設備の提供、今までと異なる暮らしを実現するために個人や組織が情報やツールを効果的に活用するための技術や知識の開発と普及などである。新たな暮らしのメリットを見せるだけでなく、人々が周囲の人々と一緒に、新たな習慣や行為を試し、取り入れる機会ができればより大きな効果を得ることができる。そこで、一部のプロジェクトでは、人々が協同学習と共創を通じて新しい社会的規範や暮らしのコンテクストを創ることのできる空間が提供された。学校、コミュニティスペース、職場などが共創の空間として活用された。絵画や音楽のような芸術活動を用いて人々を共創と協同学習の空間に招き入れることもあった。多くのプロジェクトが、以上のようなアプローチを組み合わせ、人々と組織の能力と意思を育て、今までと異なる消費と生業の形を地域の社会と経済に根付かせようと取り組んだ。
- 得られた学び:プロジェクトが、地域の暮らしの条件や暮らしを変える最も効果的な方法を予め完全に理解しているわけではない。どのプロジェクトも、実施段階では予想しない状況に直面する。例えばパートナーとの関係づくりの難しさや、参加者やパートナーの考えやニーズの多様性、プロジェクトが導入する技術やツールと地域の文化や環境の整合性の問題などである。さらに、社会や経済、気象などの外部環境に左右されることもある。だが、予想外の状況に対応するからこそ、プロジェクトや参加者が、地域の暮らしや暮らしを取り巻く状況をより深く学び、効果的な実施プロセスにたどり着くことができる。つまり、予期しない状況に向き合うことは、持続可能な暮らしを実現する取り組みの欠かせない一面である。
- 成果:プロジェクトは予期しない状況に対応して行動計画を変えていくが、だからこそ、もともと計画していたものを超える成果を実現することもできる。これまでと異なる方法でニーズを満たし生業を営む方法を作り出し普及させる活動は、変化し続ける地域の状況を反映していかなくてはならない。プロジェクトチームとパートナーは、生活の条件、技術、地域の人々のスキルや能力などに関する知識をともに作り続けなくてはならないし、そのために組織やコミュニティを強くしなくてはならない。
- スケーリング:実施を通じて得られた学びを反映し、プロジェクトやパートナーが望ましいライフスタイルや社会として思い描く状況が、当初の事業計画から変わることもある。つまり、プロジェクトの活動だけでなく目的も見直される。新たな目的を達成するために、地方政府、教育者、企業など、当初は予定していなかったパートナーと関係を築く。こうして、スケーリング・アップ(政策、規範や法律などの制度的変革)、スケーリング・アウト(より多くの人やコミュニティに影響するための複製・普及)に加え、スケーリング・ディープ、すなわち「関係、文化的価値や信念の変革(Moore and Riddell 2016)」が行われる。このような多方面のスケーリングが、プロジェクト終了前から始まり、終了後にも維持される。
持続可能なライフスタイルのニーズや持続可能なライフスタイルを実現するアプローチについて、私達はこれまでより広い視野を持つ必要があると考えられる。まず、持続可能なライフスタイルに関するこれまでの理解や取り組みは、多くの場合は先進工業国に暮らす豊かな消費者の増加し続ける消費需要による負の影響に注目するが、毎日の暮らしを脅かす多様な状況には十分な注意を払ってこなかった。先進工業国を含む世界のどの国にもベーシックニーズに事欠く人々が数多くいる。日々のニーズを満たすことができている人であっても、社会の変化により突如として危険にさらされることがある。COVID-19パンデミックはこのことを私達に思い起こさせるものだった。過剰消費がもたらす負の影響と生活の脆弱性という2つの課題の絡み合いこそが持続可能な暮らしを実現する上での重要課題である。このため、豊かな消費者と脆弱な暮らしを送る人々のどちらも、今までと違う暮らしを営めるようにしなくてはならない。豊かな消費生活は、持続可能な暮らしを送る他者の犠牲のもとに成り立っている。環境などへの影響の少ない持続可能な暮らしを送る人々には、資源を無駄にせずに暮らす知恵があり、それらを学ぶことには大きな意義がある。
また、持続可能で望ましい暮らしについての絶対的な理解を持っている人などどこにもいないし、持続可能な暮らしを目指すプロジェクトを行う人々も、明確なロードマップを前もって手にしているわけではないことに注意しなくてはならない。プロジェクトチームやパートナーは、活動を通じた学びから、地域の人々にとってどのような暮らしが持続可能であり、それを実現するうえで地域の人や彼らに協力する人たちがどのような力を発揮できるのか、深く理解することができる。パンデミックがもたらしたような予期しない状況の中で、プロジェクトチームもパートナーたちも、持続可能で信頼のおける生活手段や、彼らが手にしたい能力を深く考え直してきた。共同学習と共創によって今までと違うやり方で暮らせるのだという自信を育てることが、持続可能な暮らしと社会の基盤である。こうしたことを考慮に入れるなら、ドナーやプログラムコーディネーターといった支援者も、現場での取り組みを柔軟な姿勢でモニタリングし、状況に応じて計画や実施手段を修正できるように支援するべきである。計画通りの進捗を確認するだけでなく、変化し続ける現場の状況で、実施者や参加者が何を求め、どのような力を手にしているのか、対話し学ぶことが必要なのだ。持続可能な暮らしのための取り組みを支えるには、監督者ではなく共同制作者になるべきなのである。
持続可能で信頼に足る暮らしは、一人ひとりの暮らしに関する予め設定されたゴール、例えば資源利用量や温室効果ガス排出量などの特定の指標だけで測れるものではない。豊かな消費者のライフスタイルだけに注目して持続可能な暮らしを追求することには限界がある。豊かな消費者と低所得者のように、違う暮らしを営む人々との関係に注目し、環境のサステナビリティに加えて、インクルーシブで信頼できる毎日の暮らしを創ることに力を注ぐことが有効だ。これまでとは異なる暮らしを営む状況を、すべてのパートナーが参加する協同学習と共創を通じて創り上げていくプロセスこそが持続可能な暮らしの本質である。