Vision2050:Time to Transform -大変革への道-

2021年10月、IGESは複数の日本企業と持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)による「Vision 2050 :Time to Transform」(ビジョン2050)の日本語翻訳版を発行しました。

それから1年、世界情勢は大きな転換の時を迎え、企業は変化に合わせた行動を迫られています。本ページでは、今後10年のビジネス活動において、新たな行動枠組みを示した「ビジョン2050」を元に、武内和彦 IGES理事長と、ピーター・バッカ- WBCSD CEOの二人が、『変革への道筋』について語った対談の様子をご紹介します。

他機関出版物の翻訳
著者:
World Business Council For Sustainable Development
協力:
地球環境戦略研究機関(IGES), 損害保険ジャパン株式会社, トヨタ自動車株式会社, 富士通株式会社
翻訳者:
小野田 真二, 伊藤 伸彰, 関 正雄, 本田 恵, 高橋 康夫, 森 秀行, 天沼 伸恵, 高井 悦二郎, 小野 麻夕子, 髙橋 健太郎, 加藤 瑞紀, ⾠野 美和, 森 尚樹, 清水 規子, 森下 ⿇⾐⼦, 北村 恵以子

持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)が2021年3月に発表した「Vision 2050 :Time to Transform」(「ビジョン2050」)の日本語翻訳版です。サステナブルな世界の実現に向けたビジネスの役割を探求した最初の「ビジョン2050」が2010年に作成されてから10年、2年にわたる議論を経て更新され、今世紀半ばまでに90億人以上がプラネタリー・バウンダリー(地球の限界) の範囲内で真に豊かに生きられる世界を実現するTransformation(大変革)に向けた道筋を明らかにしました。

対談

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武内: 本日は、このような機会を設けていただき、ありがとうございます。「ビジョン2050」は、気候変動、生物多様性、資源効率、そしてパンデミックなど、さまざまな地球規模の課題に対して相乗効果の高い取り組みを進めるために、とても参考になる資料です。とりわけ、私自身も非常に親しくしているヨハン・ロックストローム氏*¹と彼の共同研究者が提唱したプラネタリーバウンダリー*²という考えに基づいていることを高く評価しています。民間セクターでこの考え方が具体化されていけば、それはとても喜ばしいことです。本報告書について、バッカーさんはどのようにお考えでしょうか。

Bakker: まずは、IGESの皆さん、そして、富士通・トヨタ・損保ジャパンの皆さんには、日本での翻訳版の発行を実現していただき、とても感謝しています。私たちWBCSDは、世界の様々な地域に私たちの活動をできる限り浸透させたいと考えています。日本が重要な経済国であることを考えると、この「ビジョン2050」の翻訳は、大変有意義なことです。私たちが目指していたのは、この変革がどのようなものであるのか、エネルギー、食料、生活空間などの計9つの道筋においてどこに変化が必要なのか、そしてビジネスが真の変革をもたらすためにどのような行動が必要なのかを示すことでした。

武内: 2030年までが正念場だと言われています。持続可能な道を歩むためには、民間企業の役割が非常に重要であり、取り組みを具体化する必要があると思います。ただ言うだけでなく、今すぐ行動する必要がありますね。

Bakker: ロックストローム氏らの最新の研究では、気候の転換点(Climate tipping points)がどこであるかを調査しています。それによると1.5℃の温暖化で、16ある転換点のうちの4つで転換が起こる可能性が高いとのこと*³。もし世界が現在の排出を止めなければ、2032年頃には温暖化が1.5℃まで進むでしょう。2030年までが正念場だとすれば、あらゆる自然災害の発生を避けるための猶予は、あと8年しかありません。ですので今、この問題について議論したり、効率的な対策を講じたりするだけでなく、実際に企業が変革をリードすることこそが急務なのです。タイトルの「ビジョン2050変革の時」は、まさに「今」がその時です。だからこそ、現在から2030年までの間に企業が推進すべき行動計画も「ビジョン2050」の中で紹介しています。

武内: 1.5℃目標に加えて、今年カナダ・モントリオールで開催される生物多様性枠組条約(CBD)のCOP15では、陸域と海域の保全地域をそれぞれ30%まで増やす「30 by 30」目標の決定が目指されています。持続可能性を高めるためにネットゼロと自然環境の30%保全は大きな原動力となるため、積極的に貢献していきたいと考えています。IGESのような研究機関では、自然に対する科学的理解を明確にすることが重要です。その中には、気候変動と生物多様性の関連性、例えば熱帯雨林の保全が、気候変動対応と生物多様性の保全にどのように貢献しうるか、なども含まれます。生物多様性は非常に多様で複雑ですが、私たちがこの事実をより正確に理解し、民間企業も含めたさまざまなセクターでの活動を具体化していくことが必要ですね。

Bakker: 気候変動と比べて、自然環境に関する課題はまだ取り組む余地が多くあります。ご指摘の通り、自然は非常に複雑で、解決策を見出すのが難しい問題です。自然に対する世界的な目標が現在明らかになりつつあり、うまくいけばCOP15で合意に達するかもしれません。しかし、その目標を科学的根拠に基づくものに落とし込み、企業が「よし、ここが自分たちが影響力を持てるところだ」と理解できるようにすることが必要です。今後12カ月の間に、世界的に、そしてできれば我々の協力の下で、この問題について良い作業ができることを期待しています。とにかく、企業が行動するためには、明確な目標や指針の設定が必要なのです。これは日本の素晴らしい点でもありますが、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)には世界で3,500社が署名しており、そのうち1,000社以上が日本企業です。つまり、ここ日本では、TCFDが非常に広く普及しているのです。そして今、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が立ち上がり、自然に関する情報開示枠組みの構築作業が世界規模で進んでいます。TNFDがTCFDと同じように、日本のビジネス界でも受け入れられるよう願っています。そうなれば、企業がどのような行動をとり、どのようなインパクトを与えることができるのか、ビジネスにおける透明性を実現することができます。

武内: 最近では保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(Other effective area-based conservation measures: OECM)という新しい概念もできました。OECMは非常に重要で、自然保護だけでなく自然環境と共生していくことも視野に入れています。10年以上前のCOP10では、日本は生物多様性の保全を可能とするために、自然と共生する社会の実現という究極の目標を掲げました。これは、人間は自然の一部であるという日本独得の考え方がベースになっています。自然と人間はお互いに結びついているという考え方です。また、日本では現在、グローバリゼーションを保ちながら、実質的には分散された構造へと社会を転換し、世界中の人々と良い関係を保ちながら持続可能な社会を構築することが目指されています。この概念は、私が中央環境審議会の会長をしていたときに確立されたもので、地域循環共生圏と呼ばれており、SDGsのローカライゼーションとも関連しています。国連などからも高い評価を受けており、今このアイデアをアジアのほか地域にも展開しています。

Bakker: OECMは私が知る限り、日本文化において、とても受け入れられやすいものだと思います。それは日本が、ほかの地域よりずっと自然に近い社会だと思うからです。だからこそ、来年G7が日本で開催されるのはとても良い機会だと思います。現在WBCSDは、特に削減貢献量(avoided emissions)に関するG7の準備に関して、経済産業省に協力しています。グローバリゼーションに関しては、近年のビジネス環境は非常に不安定であり、「ビジョン2050」を発表した時には、まさかヨーロッパで戦争が勃発し、世界中のエネルギーシステムに影響を及ぼし、インフレや飢餓、アフリカへの回帰など様々な影響が出るとは思ってもみませんでした。しかし、人生には常に予期せぬ要素がつきまといます。長期的な目標や、私たち全員が努力すべき移行とは何かという長期的なビジョンを持つことこそ、先行き不透明な時代を乗り切る唯一の方法であり、これこそ、「ビジョン2050」が役立つ理由です。自然との付き合い方については、世界のほかの地域と日本では違いますし、社会的不平等へどう対処するかも違います。しかし、地球上の全人類がひとつの惑星のもと、ひとつの大気、ひとつの海を共有しており、継続的な協力がとても重要です。おそらく多くの分散化が起こるでしょうが、相互のつながりや、理想とする共通の目標を失ってはいけません。

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武内: そうですね。そして人々の交流、情報の交換もなくしてはいけません。それに加え、COVID-19の影響についても考える必要があります。国際社会へのマイナスな影響だけでなく、私たちのライフスタイルを考える良いきっかけにもなりました。IGESではテレワークを導入し、オンラインでのコミュニケーションを図りつつ、大量輸送・大量消費などによる負担を最小限にするよう努めています。

Bakker: 現在、世界の特定の勢力圏が互いにコミュニケーションをとるのが難しくなってきており、気候変動に関する協力さえも滞っているように思います。けれど、アメリカ、日本、中国、それぞれの大気があるわけではなく、すべてひとつの大気のもとでつながっています。オンラインでのコミュニケーションは、ある観点からはプラスになることもありますが、気候変動を解決したいのであれば、お互いに顔を合わせて議論する必要もあると思います。複雑な問題は、画面越しだけで解決するには難しすぎるでしょう。

武内: そうですね。物理的なコミュニケーションとバーチャルなコミュニケーションをいかに適切に組み合わせるかが、今後、より重要になってくると思います。

Bakker: 先程少し話しましたが、最近は度々日本を訪れており、特に気候変動に関する議論が進んでいることに非常に感心しています。数年前までは、日本のビジネスリーダーとの会話で、気候変動について語ろうとする姿勢はやや控えめでしたが、今ではすっかり変わりました。政府は「ネットゼロ目標」を設定し、経済産業省では今、ビジネスの変革に向けて動いています。グローバル規模で削減貢献量のようなコンセプトを日本だけでなく世界に展開することができれば、明るい未来が待っていると思います。私たちが「ビジョン2050」を策定したのも、そのためです。どのような技術が利用可能で、どのような規模で拡大する必要があるかを報告書の中で明らかにしています。日本のビジネスリーダーたちに相談すれば、彼らは実に多くの解決策を持っていることでしょう。

武内: 日本の現状をご理解いただき、ありがとうございます。今、日本人は将来的な国力について少し懐疑的になっていると思います。しかし私自身は、バッカーさんがおっしゃるとおり、日本はさまざまな技術を通じて、国際社会で非常に重要な役割を担うと考えています。さらに、気候変動への対策は、グローバルな課題の負の側面を解決するだけでなく、人類のための新しい豊かな社会を創造する新たな機会をもたらすと常々考えています。

Bakker: 私は現在の状況を、非常に重要でインパクトのある変革機会だと考えています。産業革命、デジタル革命、そして今、サステナビリティを中心とした大きな変革に直面しています。そして、複雑なのは、地球規模で多くの変化が起きていることであり、私たちは最適な方法を見つける必要があります。しかし、「ビジョン2050」の中で書かれている2050年までの移行は、不可逆的かつ起こる必要のあるものであり、それによって経済を革新する大きなチャンスになると考えています。

武内: まさにその通りだと思います。では最後に、今後の協力体制についてお話ししたいと思います。相互理解を深めるためにも、私たちのスタッフを交換することが良いのではないかと思っていますが、いかがでしょうか。

Bakker: とてもいい考えですね。今週、日本メンバーの数社と合意し、私たちのオフィスにも数名の日本人が来ることになりました。これを拡大し、IGESとも連携して、同じような環境で仕事をすることができれば、非常に良い効果が生まれるだろうと思います。一般的に、ビジネスと研究は密接な関係にあることが重要だと思います。その意味で、ヨハン・ロックストローム氏は、常に素晴らしいロールモデルです。彼は著名な科学者の一人ですが、ビジネス界の人に科学を伝えることもとても上手です。科学があるだけでは何も解決しませんから伝えるスキルは本当に重要です。もし私たちがうまく橋渡しをすることができれば、それは非常に重要な意味を持つことになります。

武内: たしかにそうですね。IGESでは最近、ローマクラブが新しく出版した「Earth for All」の日本語翻訳を出版しました。本レポートは、持続可能な未来への変革を促す国際イニシアチブ「Earth for All(万人のための地球)」*⁴が中心となりまとめたもので、新たなシステムダイナミクスモデルをもとに、プラネタリーバウンダリーの範囲内で持続可能な社会経済のパラダイムを追求する具体的な道筋を示しています。ひとつの例ではありますが、こうした連携と科学的知見の橋渡しは、とても重要だと思います。

Bakker: この他のアイデアとしては、私たちWBCSDが世界の課題について議論するとき、第三の課題として「不平等の拡大」があります。気候変動とは違って、日本における不平等や社会問題は、アフリカやヨーロッパ、北米のそれとはまったく異なります。それらをまとめて、社会の対立に対処するために企業に何ができるかを検討するために、私たちは「不平等に対処するためのビジネス委員会(BCTI)」を立ち上げました。この分野横断的なマルチステークホルダーからなる組織連合による報告書が、来年初めに発表予定です。この件に関しても、良い協力関係になるかもしれません。もしかしたら、報告書の日本語翻訳版を作成するのも一つのアイデアです。あるいは報告書すべてではなく、日本に関連する項目を翻訳すれば、社会的側面や、サプライチェーンにおける人権、多様性や包括性などについて、日本企業と対話を始めることができます。新しい技術が社会に出てきたときに、その技術に対応できる教育を受けた人が、仕事を続けられるようにするにはどうしたらいいのかということも課題のひとつです。もしIGESの皆さんが興味を持つのであれば、そのようなことも考えられますね。

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武内: そうですね、IGESは地球環境に関する戦略的研究機関です。ただ、SDGsを重要な研究課題とした場合、環境問題だけでなく、今おっしゃったような格差や公正な移行などの問題にも研究領域を広げ、その領域でコラボレーションを行うことも必要ではないかと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。いつかジュネーブのWBCSD本部にも訪れたいと思います。

Bakker: こちらこそありがとうございます。ぜひお越しください。

 


※本対談は、CBD COP15(カナダ・モントリオール)開催前に行われました。

*¹ポツダム気候影響研究所所長。地球の持続可能性に関する世界的に著名な科学者。プラネタリーバウンダリーに関する研究を主導。政府、国際政策プロセス、ビジネス・ネットワークのアドバイザーとしても活躍し、一般向け著書のほか 100 を超える学術論文を執筆。
*²プラネタリーバウンダリー(地球の限界):現在、人類が地球システムに与えている圧力は飽和状態に達しており、気候、水環境、生態系など、地球が本来持っている回復力の限界を超えると、不可逆的変化が起こりうるという考え。
*³Armstrong McKay et al., 2022, Exceeding 1.5°C global warming could trigger multiple climate tipping points, Science, 9 Sep 2022, Vol 377, Issue 6611 (accessed 22 Nov. 2022 https://www.science.org/doi/abs/10.1126/science.abn7950).
*⁴国際イニシアチブ「Earth for All(万人のための地球)」:ローマクラブ、ポツダム気候影響研究所、ストックホルム・レジリエンス・センター、BIノルウェー・ビジネス・スクールの協働により、2020年に開始された国際イニシアチブ。経済学、哲学、政治学、自然科学等様々な分野の専門家から構成される国際研究チームが、新たに開発したシステムダイナミクスモデル「Earth4All」をもとに、貧困、不平等、ジェンダー、食料、エネルギーに関する大転換、そしてそれらを統合した社会経済システム全体の変革に向けた提言を発信しています
 

関連リンク

プレスリリース
2021年10月26日

IGES、損保ジャパン、トヨタ自動車、富士通が WBCSDの「Vision 2050 :Time to Transform」日本語翻訳版を共同作成

公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)、損害保険ジャパン株式会社、トヨタ自動車株式会社、富士通株式会社は、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)による「Vision 2050 :Time to Transform」(ビジョン2050)の日本語翻訳版を共同で作成し、2021年10月26日に発行したことをお知らせします。

Associated Staff