IPCC SRCCLインタビュー(三枝 信子氏)

IPCC土地関係特別報告書に関するインタビュー1
「土地は有限である」

三枝 信子 国立環境研究所(NIES)地球環境研究センター センター長(IPCC 土地関係特別報告書 第6章 主執筆者)
インタビュー日時:9月17日 / インタビュー場所:国立環境研究所 / 聞き手:甲斐沼 美紀子 IGES研究顧問


甲斐沼: まず、この特別報告書で三枝先生が特に伝えたかったことを教えて頂けますか。

三枝: 第一に、土地は有限であるということです。気候変動対策として、大規模な植林やバイオマス燃料作物増産による吸収源の増加を行うことは、食料供給、水の確保、生態系保全などと競合する可能性があります。土地は有限であることを再認識し、適切な行動を取ることが必要です。
次に、社会のさまざまな部門において、人為起源温室効果ガスの排出を大幅に削減する野心的な対策を実施することが不可欠です。それが陸域生態系と食料システムに対する気候変動の負の影響を抑制することにつながります。
第三に、パリ協定の長期目標を実現するためには、人為的な温室効果ガス排出の削減の早急な実現に加え、森林減少の防止と新規植林、バイオマスエネルギーやネガティブエミッションの活用がどうしても必要です。さらに、食料安全保障への悪影響を避けるためには、土地劣化防止による農業生産性の向上と、食習慣の見直しを含む食料システム低炭素化等を同時に遂行する、という困難な課題を達成する必要があるということです。
これらの点については、NIESの地球環境研究センター(CGER)ニュース10月号(「土地は有限―食料・水・生態系と調和する気候変動対策とは?―」)にも書かせて頂きました。

甲斐沼: 持続可能な土地管理が必要とのことですが、どのようなオプションがあるのか具体的に教えて頂けませんか?

三枝: 政策決定者向け要約(SPM)に掲載されている図SPM3に代表的な土地管理に基づく対策オプションがまとめられています。それぞれの対策オプションについて、有効性や競合の度合いが、緩和、適応、砂漠化、土地劣化、食料安全保障の5項目との関係について評価されています。青色で色分けされている項目がプラスの効果がある対策、赤色で色分けされている項目がマイナスの効果がある対策です。次の図は、図SPM3に記載されている「土地管理に基づく対策オプション」です。

図1:土地をめぐる競合を伴わない、または競合があっても限られている場合の 土地利用管理に基づく対策オプション
図1:土地をめぐる競合を伴わない、または競合があっても限られている場合の 土地利用管理に基づく対策オプション

土地管理に基づく対策オプションの多くは、食料安全保障などに良い効果をもたらします。例えば、食料生産性の向上とか、アグロフォレストリーの導入などはいろいろな面で期待される対策です。

甲斐沼: 対策オプションで土地をめぐる競合が大きい対策にはどのようなものがありますか?

三枝: 新規植林、再植林、バイオ燃料CO2回収貯留(BECCS)とバイオ炭の土壌への投入の4つのオプションは、大規模に適用された場合、食料生産に必要な土地をめぐる競争を大幅に増加させる可能性があります。特に、BECCSは気候安定化のためには必要な対策と言われていますが、食料安全保障に悪影響を与える可能性が大きいとの指摘があります。バイオエネルギーと食料安全保障の関係を調べた研究では、大規模なバイオエネルギーを導入すると、最大1億5,000万人の飢餓人口のリスクがあると推定しています。

甲斐沼: バイオエネルギー用の土地はどの程度必要なのでしょうか?

三枝: 1.5℃特別報告書で検討されたSSP(共通社会経済経路:Shared Socioeconomic Pathways)シナリオを用いた1.5℃の気温上昇を抑える経路を用いて、追加的に必要な土地が推計されています。推計結果は図SPM4に掲載されています。

甲斐沼: ここでの図の読み方ですが、IGESでは、1.5℃特別報告書の排出経路と、今回土地関係特別報告書で言及している将来の気温上昇を1.5℃までに抑える場合に必要な土地利用変化を上下に整合させてみました。こうすると、少しわかりやすくなると思います。

図2:4つの例示的なモデル経路における世界正味CO2排出量への寄与の内訳
図2:4つの例示的なモデル経路における世界正味CO2排出量への寄与の内訳

三枝: 図は、持続可能性を重視した社会的・技術低開発を高度に進める社会(SSP1)と中程度に進める社会(SSP2)、逆に化石燃料資源の消費に頼る社会(SSP5)において、将来の気温上昇を1.5℃までに抑える場合に必要な土地利用変化です。農耕地、牧草地、バイオ燃料栽培地、森林、自然の土地がどのように変化しているかが示されています。
図2のA(SSP1)は持続可能性重視型で、持続可能な土地管理を進め、農業システム(食料生産と消費のパターンを含む)の持続可能性も高めることで、将来、一人当たりの食物消費量が増加してもその生産に必要な農耕地・牧草地の面積を減らすことができ、その土地を再植林・新規植林・バイオ燃料作物の栽培に回し、緩和策を進める余地を生むとしています。一方、中庸型のB(SSP2)や、特に化石燃料消費型のC(SSP5)では、温室効果ガス排出量が高いレベルで続くため、バイオ燃料作物の増産とBECCSによる緩和策を、2050年より前に極めて迅速に拡大する必要があるとしています。このため、土地をめぐる競合は農耕地・牧草地・自然の土地の減少をもたらし、食料安全保障と生態系に悪影響を及ぼすリスクが増大することが予想されるとしています。

甲斐沼: SSP5では、2100年に7.6M㎢もの追加的バイオ燃料栽培地が必要とされています。SSP1でも2100年に4.3M㎢の追加的バイオ燃料栽培地が必要です。世界の陸地面積が148M㎢、インドの面積が3.28M㎢であることを考えると、7.6M㎢もの陸地を新たにバイオ燃料用に確保するのは難しいように思いますが、どうでしょうか?

三枝: 確かに難しいです。また、SSP5の場合は、2030年から2050年にかけて急速にバイオ燃料栽培地を増加させなければなりません。1年間に約0.2M㎢のペースです。これは、北海道、東北地方、関東地方に長野県と新潟県を足した面積に相当します。草原をバイオ燃料栽培地に変換できる可能性があるとはいえ、かなり広大な面積です。

甲斐沼: 耕作地は減っていますね。2100年の人口が100億人を超えるシナリオもありますが、食料は十分に確保できるのでしょうか?

三枝: 本報告書では、気候変動対策の一つとして食品ロスと食品廃棄の削減を含む食料システムの改善が有効であると述べています。例えば、2010~2016年に世界で生産された食料の25~30%は廃棄され、その量は世界全体の人為起源温室効果ガス総排出量の8~10%に相当すると推定されています。さらに、動物起源の食品に比べて生産に要する土地・水・エネルギー消費の少ない植物起源の食品(穀類や豆類等)を多く摂る食生活に変えることで、2050年までに0.7~8 Gt CO2e yr-1の削減ポテンシャルを期待できると述べています。

甲斐沼: 現実には、土地が絡んだ対策を進めるのは難しいかと推察します。障壁としてどのようなことが検討されたのでしょうか?

三枝: 確かに、土地利用を改変していくことは非常に難しいです。社会的、経済的、文化的障壁により、具体的な政策の実行が阻まれていることが多くあります。例えば、社会的不平等や政情不安に基づく不安定な土地所有権の問題や、技術の普及や社会的学習の機会不足は、政策の普及と市場の変化を困難にしています。
しかし、台風、洪水、熱波などの自然災害が増えており、温暖化対策は不可欠です。BECCSにできるだけ頼らないためには、温暖化対策を早急に進めることが急務です。

甲斐沼: そろそろラップアップをさせて頂きたいと思いますが、何か言い足りないこと、改めて強調されたいことがあればお願いできますか。

三枝: 報告書のメッセージとして、「食料価格が上昇する」「牛肉食を控えるべき」などのセンセーショナルな部分がクローズアップされがちですが、まず1.5℃の温度上昇にとどめるためにできることはすべてやるべきで、さらに限られた土地をどう使うのかを早急に考えていく必要があると思います。BECCSに過度に期待することはできないと考えます。また、この報告書では個々の気候変動対策のコストについてはまだ十分な検討がなされていないのですが、今後食料との競合を考えれば、コストの詳細な検討は不可欠です。将来食料の価格が高騰するような事態になったときに、世界の貧困問題にどのように影響するか、ということも大きな課題であると考えます。
ところで、この報告書の正式名称は、日本語では「気候変動と土地:気候変動、砂漠化、土地の劣化、持続可能な土地管理、食料安全保障及び陸域生態系における温室効果ガスフラックスに関するIPCC特別報告書」と訳されています。正式名称が長いので略称があり、英語では Special Report on Climate Change and Land、日本語では「土地関係特別報告書」と呼ばれています。「土地」というと所有する地所という印象があるためか、日本語の略称を一見しただけでは、一体何に関する報告書なのかわかりにくいですよね。一方、英語のLand には、海に対する陸という意味もあるし、土という意味もあります。気候変動が陸域の自然生態系や農耕地にどのような影響を及ぼし、私達は持続可能な土地管理を行うことでどのように土地の劣化を防ぎ、食料安全保障と気候変動対策を両立させていく必要があるかという、報告書の本来の意義について、わかりやすくアピールしていく必要があると思っています。
日本との関連では、日本からも積極的にアピールできることがあるのではないかと思ったことがあります。例えば、日本は国土の約3分の2が森林に覆われ、先進国の中では世界有数の高い森林率をもちます。温暖で湿潤な夏があり、木もよく成長します。木質バイオマスの高効率利用をはじめ、地域の特徴を活かした対策を推進する余地は大きいはずであると考えます。食料システムの改善についても、食品ロス・食料廃棄の大幅削減と同時に、地産地消の和食文化を再評価することも気候変動対策に共便益のあるアプローチの一つかもしれません。

甲斐沼: お忙しい中インタビューさせて頂き、大変ありがとうございます。生活の基盤である土地政策は非常に難しいことが良くわかりました。温暖化対策の必要性や、どのように進めていったら良いかといった情報について、是非これからも分かりやすい形で伝えていって頂ければと思います。

*1 本インタビューは、環境省「平成31年度国際低炭素社会推進研究調査等委託業務」の一業務として実施した。