研究員の視点:大気汚染をめぐる論点―「汚染のない地球」に向けて

2019年4月9日
赤星 香
持続可能性ガバナンスセンター 研究員

1. はじめに

2019年、年初から2月にかけて、バンコクでは深刻な大気汚染が発生した。タイ政府は学校の一時休校やドローンによる水の空中散布などの緊急措置を採り、その様子は日本でも報道された。バンコクに限らず、アジアの多くの都市で、大気汚染は依然として人々の健康を脅かす脅威である。国連環境計画(UNEP)は、今年1月に『アジア太平洋地域の大気汚染:科学に基づく解決策(ソリューションレポート)*1』を発表した。この報告書には、2030年までに、世界保健機構(WHO)が定める大気環境基準をクリアすることを目指した25の対策が盛り込まれ、国や地域の実情に合わせた大気環境改善とそのほかの開発課題を統合させたアプローチが推奨されている。2017年12月に開催されたUNEP総会では、「汚染のない地球」と題し、大気汚染改善への継続的な取り組みが議論された。今回のUNEP総会では、汚染のない地球の実現を目指し、国や地方の政府や関係機関が目指すべきマイルストンを示した。ここでは、前回のUNEP総会以降の進歩状況と、アジア太平洋および世界各国に向けて発せられた3つの勧告について紹介する。

2.

今回のUNEP総会に先立ち、UNEPは過去15か月間の大気汚染に関わる最新の報告*2を発表した。主な注目点は、①モニタリングと評価、②政策と技術支援、③啓発とコミュニケーション、④地域協力、の4つであった。 まず、①のモニタリングと評価について、UNEPは、気候と大気浄化のためのパートナーシップ(CCAC)*3と協力して、既述のソリューションレポートを発行した。それに基づき、今後はモンゴルやスリランカなどで、個々の解決策が人々の健康に与える影響を調査することになっている。
②政策や技術支援、③啓発やコミュニケーションにおいては、UNEPは、国レベルのみならず都市レベルの取り組みに注目しており、インドのアグラとカンボジアのプノンペンの2都市を、大気汚染改善支援都市に指定した。また、”BreathLife”キャンペーンを展開し、大気汚染についての認識向上に努めると同時に都市による大気汚染対策の成功例を発信し、世界の都市での取り組みを促進させている。④の地域協力については、アジア太平洋クリーンエアパートナーシップ(APCAP)を2013年に立ち上げて以来、UNEPはアジア地域での大気汚染対策の地域間協力の枠組を継続的に支援してきた。大気に関わるアジア地域のイニシアチブ関係者が一堂に会し、情報交換を行う機会のほか、科学パネルによる政策決定者向けの科学的知見を提供している。

3.

「汚染のない地球」の実現に向けて、これまで大気環境の改善に関わる取り組みが進められてきたが、さらに歩みを進める必要がある。ここで、IGESとして、UNEPの発した大気汚染に関する勧告とそのほかの開発課題をリンクさせた以下3点を提案したい。

まず1点目は、既存の活動の規模を見直すことである。各国や都市による大気汚染改善の取り組みについて、もっとオープンに情報を共有し、互いの経験から学びあうことで、更なる取り組みの後押しとなるであろう。APCAPのような枠組みの中で、例えばCOP24で採用されたタラノア対話のような手法を取ることも有効であると考えられる。

2点目は、大気汚染対策に、長期と短期、両方の視点を持って取り組むことである。最近発表されたIGESとCCACによる論文で、国連気候変動枠組み条約に提出された各国の温室効果ガス排出量削減目標(NDC)に、共通便益(コベネフィット)アプローチ*4を組み込む有用性が指摘された。大気汚染と地球温暖化を、別の問題として捉えるのではなく、強いつながりのある課題として扱うことは、一石二鳥の効果を生み、またNDCをサポートするための資金等にもアクセスできる可能性がある。またこのようなアプローチには、国内関係省庁や機関の間での調整や協力が必要となるため、例えば行政の縦割りといった障壁を乗り越えるきっかけになることも期待できる。

3点目は、大気汚染とその社会経済的影響の関連性を重視しつつ取り組みを進めることである。大気汚染に関する研究では、健康被害が論じられる場合が多い。大気汚染による経済的損失や社会的な損害は大きく、その影響を評価する手法は発達している一方、障害者調整生存年数(DALY)*5といった算出法は、政策決定者に十分普及していないため、さらなるインプットが望まれる。これ以外にも、例えば社会の貧困層への影響や、雇用への影響などについても、評価される必要があるだろう。

大気汚染による社会的影響と環境影響を結びつけて対策を講じることは、持続可能な開発目標(SDGs)達成を目指す統合的なアプローチと一致する。今後開催予定のアジア太平洋持続可能な開発フォーラム(APFSD)やハイレベル政治フォーラム(HLPF)などでも論点となる見込みだ。


脚注

  1. 1 http://ccacoalition.org/en/resources/air-pollution-asia-and-pacific-science-based-solutions
  2. 2 “Progress in the implementation of resolution 3/8 on preventing and reducing air pollution to improve air quality globally”
  3. 3 大気汚染物質の中でも特に短寿命気候汚染物質(SLCPs)と呼ばれるメタンや黒色炭素など温室効果を持つ物質の削減に取り組む国際的なイニシアチブ)
  4. 4 気候変動対策を実施し、同時に開発途上国の持続可能な開発に資する取り組みを促進するための手法。経済社会発展の実現や環境問題の改善等が重大な関心事である開発途上国において、地球規模の問題である気候変動対策と国内や地方レベルの問題の双方の解決を目指す。(出典:EICネット)
  5. 5 1990年代初めにハーバード大学のクリストファー・マーレー教授らが開発した、障害の程度や障害を有する期間を加味することによって調整した生存年数のこと。(出典:DINF障害保健福祉研究情報システム)

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ポリシーレポート
著者:
United Nations Environment Programme
Asia Pacific Clean Air Partnership
Climate and Clean Air Coalition
アジア太平洋地域における大気汚染の現状と具体的な政策措置について科学的見地から包括的に分析した初めての評価報告書「Air Pollution in Asia and the Pacific: Science-based Solutions」(Summary)の日本語仮訳版(翻訳:IGES及びアジア大気汚染研究センター )。アジア太平洋地域の多様性を考慮しながら、持続可能な開発目標(SDGs)と整合した費用対効果の高い25の大気汚染対策をとりまとめている。対策それぞれの優良事例に加え具体的な成功要因の分析を示すなど、各国の事情に即した応用を促すプラクティカルな内容となっている。