日本ではゴールデンウィークにあたる4月29日から5月4日の間、生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services: IPBES)の第7回総会がフランス・パリのユネスコ本部で開催される。ここでは、2012年のIPBES設立以来初となる、生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書の政策決定者向け要約(summary for policy makers, 略してSPMとよばれる)が承認され、5月6日に全世界に向けて発表される。さらに、今後2030年までIPBESが取り組むテーマについても議論される。その候補にはSDGs達成に生物多様性が果たす役割、ビジネスの生物多様性への依存と影響などが挙げられている他、気候変動と生物多様性との関係についてIPCCと合同で技術報告書を作成する提案もある。
生物種、生態系と遺伝子多様性の消失は、世界的に、世代を超えて、人々の豊かな暮らしへの脅威になりつつある。人々にとって貴重な自然を守っていくことは、これから数十年におよぶ重要な課題である。しかしながら、あらゆるレベルの政策、努力と行動を進めるためには知識と根拠が求められる。IPBES地球規模評価報告書はこうした知識と根拠を提示している。
―IPBES議長ロバート・ワトソン卿 談話―
IPBES地球規模評価報告書の内容は、今回の総会で承認されて初めて公表されるもので、現時点ではまだ一般公開されていない。しかし、予告発表の以下のような記述から内容が垣間見える。5月6日に予定されている報道発表でその全貌が明らかにされる。
IPBES地球規模評価の内容:
• 人と自然のかかわり方の重要な要素とロードマップ
• 自然と自然の恵みの現状、傾向と変化の要因
• 生物多様性愛知目標、SDGsとパリ協定に向けた進捗
• 人と自然のかかわり方の2050年将来見通し
• 持続可能な未来に向けたシナリオ、道程(パスウェイ)と選択肢(オプション)
• さまざまな立ち位置にある意思決定者の機会(チャンス)と課題(チャレンジ)
ねらい:
• 今後数十年間の意思決定に役に立つ、合意された、根拠ある情報を提供する
• パリ協定、生物多様性国際目標、SDGsなどの国際目標達成に向けて、生物多様性の消失がもたらす
影響を明らかにする
• 地球上の共有財産の多次元的な評価とこれを維持する方法を提示する
• 自然や生態系の状況改善に向けたアクターそれぞれの役割と協調の重要性を認知する
• 新たなセクター横断的な政策とガバナンス構造の重要性について理解を広める
• 行動の重要性とその国際的影響の詳細な分析に先鞭をつける
報道発表へのアクセス:日本時間の5月6日20:00-21:30に報道発表ライブウェブキャストが予定されている。事前登録により、報道発表開始時刻までの報道禁止を条件に、5月4日夜の時点で報道準備資料(総会承認を受けた評価報告書政策決定者向け要約本文含む)の事前配信を受けられる。
- 事前配信登録:http://bit.ly/IPBES7MediaInvitation
- 報道発表ウェブキャストへのアクセス:bit.ly/IPBESWebcast
IPBES第7回総会については環境省からも報道発表されている他、総会後の5月14日(水)に環境省主催の結果報告会が予定されている。
- 環境省報道発表資料:https://www.env.go.jp/press/106700.html
- IPBES総会第7回会合結果報告会
日時:5月14日(火) 14:00~15:00
会場:経済産業省別館312号会議室
参加申し込み方法については上記報道発表資料参照
今回の総会をもって、次期に繰り越される3つの評価報告書を残して、IPBESの第1期作業計画が完了する。そこで、2030年までの次期作業計画が、今回総会のもう1つの重要なトピックになっている。総会に提出された草案には、2030年までに8つの評価報告書を作成することと、下表に示す3つのテーマの評価を優先して行うことが提案されている。これらのテーマは、SDGs、地球温暖化対策、ESG投資など、近年国際的に取り組みが活発化している分野に生物多様性を結びつけている。その他のテーマは順次公募し、IPBES-10(2022年)に3つ、IPBES-13(2025年)に2つのテーマを選ぶことが提案されている。地域評価と地球規模評価を統合した総合的な評価報告書も作成すべきという議論もあり、今後10年間の計画にどのように取り込まれるのかも注視されている。
トピック | 提案されている評価報告書 |
---|---|
SDGsと生物多様性 | • 生物多様性、水、食料と健康の相互作用に関するテーマ別評価報告書 • 生物多様性と気候変動の相互連関についての技術報告書 |
生物多様性消失の根本的原因と2050年生物多様性ビジョン達成に必要な変革の制限要因の理解 | • 生物多様性消失の根本的原因と変革の制限要因に関するテーマ別評価報告書 |
生物多様性や自然へのビジネスの依存と影響の計測 | • 生物多様性や自然へのビジネスの影響と依存に関するファストトラック方法論評価 |
政策決定に役立つ生物多様性と生態系サービスに関する知識を提供することを目的に、2010年の国連総会及び2011年のUNEP管理理事会の決議を受けて2012年に設置された政府間組織。気候変動枠組条約(UNFCCC)に対する気候変動に関する政府間パネル(IPCC)と似た機能をもつもので、IPCCの生物多様性版とたとえられることも多い。IPBESは、現在132の加盟国からなる総会、ドイツ・ボンに本拠を置く事務局、加盟国から選出され、運営全般を監督するビューロー、科学的見地から助言する学際的専門家パネル(MEP)、評価報告書の作成を含む様々な作業を分担する専門家グループ等から構成されている。これにより、アセスメントと呼ばれる評価報告書の作成、知識形成、政策立案支援、能力養成の4分野の活動を行っている。以下にIPBESのこれまでの成果を簡潔にまとめた。

IPBES第1期の2014-2018年作業計画は2013年の第2回IPBES総会で採択された。これが終盤にかかる中、すでに生物多様性および生態系サービスに関する4つの地域評価報告書(アフリカ、アメリカ、アジア・オセアニア、ヨーロッパ・中央アジア)、2つのテーマ別評価報告書(花粉媒介、土地劣化と再生)ならびに1つの方法論評価報告書(シナリオ・モデル)が完了している。今回の総会では地球規模評価報告書が完了予定である。価値の概念化に関する方法論評価、ならびに野生種の持続可能な利用と侵略的外来種に関するテーマ別評価の3つの評価は2022年にかけて繰り越して実施される。

これまでに発表されている評価報告書SPMには以下のようなメッセージが含まれている。私たち日本人の日常の生活や消費と世界中で起こっている自然環境の変化との切っても切れない関係について、確たるデータをもとに無視できない事実を突きつけている。
アジア・オセアニア地域アセスメントSPM(平成30年3月発表)和訳抜粋
生物多様性と生態系サービスに関する地域評価報告書 アジア・オセアニア地域 政策決定者向け要約 2018年環境省
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/ipbes/deliverables/files/LowSize_2018%20ASIA%20PACIFIC%20SPM(JPN).pdf
- キーメッセージ2:アジア・オセアニア地域はこれまでに急速な経済成長を成し遂げ、今も世界で最も早い速度で都市化と農地拡大が進行している。これが環境にもたらす負荷は大きく、生物多様性の劣化と消失を招いている。
- キーメッセージ11:サンゴ礁は、食料安全保障や海岸保護といった、なくてはならない貴重な生態系サービスを通じてアジア・オセアニア地域内および域外の数億人の生活を支えており、生態学、文化、経済の観点からきわめて重要である。これが深刻な脅威にさらされている。
花粉媒介アセスメントSPM(平成28年2月発表)抄訳抜粋
IPBES 花粉媒介者、花粉媒介及び食料生産に関するアセスメントレポート 政策決定者向け要約(抄訳)
https://iges.or.jp/jp/pub/ipbes-花粉媒介者、花粉媒介及び食料生産に関するアセスメントレポート%E3%80%80政策決定者向け要約
- キーメッセージ2:世界の主要農作物の4分の3以上は、その収量や品質の面で多少なりとも動物による花粉媒介に依存している。
- キーメッセージ3(抜粋):動物による花粉媒介が現在の世界全体の作物生産量の5~8%、市場価値に換算して年間2,350億ドル~5,770億ドルに直接寄与していると推計されている。
- キーメッセージ12(抜粋):花粉媒介脊椎動物の16.5%が世界的な絶滅危惧種とされている。
- キーメッセージ16:現在の集約的農法の特徴の多くが、花粉媒介者及び花粉媒介を脅かしている。よって、より持続可能な農業への移行や、農地景観(ランドスケープ)を単純化する流れを転換していくことが、花粉媒介者の減少に伴うリスクに対する重要な戦略的対策となる。
土地劣化と再生アセスメントSPM(平成30年3月発表)抄訳抜粋
IPBES (2018): Summary for policymakers of the assessment report on land degradation and restoration of the Intergovernmental SciencePolicy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services.
https://www.ipbes.net/system/tdf/spm_3bi_ldr_digital.pdf?file=1&type=node&id=28335
- キーメッセージA1:現在の人間の活動による陸地表面の劣化は、少なくとも32億人の人々の福利に悪影響をおよぼし、地球を6回目の大量絶滅に追い込み、生物多様性と生態系サービスの消失により世界の年間総生産の10%以上の価値に相当する損失を引き起こす。
- キーメッセージB2:先進国の大量消費のライフスタイルは、開発途上国や新興国における消費の増加と相まって、全世界で土地劣化を進行させる主要因である。

IPBES設置の機運は、生物多様性条約(Convention on Biological Diversity: CBD)をはじめとする生物多様性に関する国際枠組における意思決定の科学的根拠を強化する必要性、ならびに気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の先例から生まれている。
生物多様性条約では、現在の2010-2020年戦略枠組と愛知目標の年限を控え、ポスト2020年の次期戦略枠組の検討が本格化している。このプロセスで根拠をより強く意識すべきという指摘も多く、2020年6月公表予定の地球生物多様性概観第5版(The fifth edition of the Global Biodiversity Outlook: GBO-5)の成果が注視されている。GBO-5は、IPBESの成果を効果的に取り込み、これにCBD加盟国から提出される第6次国家報告に基づく愛知目標の進捗評価が追加されたものが想定されている*2*3。ポスト2020年生物多様性国際枠組について決議する第15回締約国会議(COP15)を2020年10月に控え、GBO-5の公表予定は同年6月である3。ポスト2020年枠組の検討や交渉プロセスに必要なリードタイムを考慮すると、本年5月に公表されるIPBES地球規模評価報告書が、ポスト2020年枠組交渉の根拠情報として非常に重要な役割をもつことは間違いないであろう。
また、IPBESウェブサイトには「インパクト追跡ページ」(Impact Tracking Page ) があり、国際機関や各国によるIPBES成果の活用実績がここにリストアップされている。2019年3月現在で66の実績が掲載されている。下表にその具体的なものを抜粋して要約した。生物多様性条約の決議への参照はもとより、地域や国の法規制、政策やガイドラインへの引用も徐々に出てきている。
範囲 | 内容 | 種類 |
---|---|---|
世界 | 生物多様性条約:ポスト2020年生物多様性枠組みの検討にIPBESのすべての成果を活用するよう、締約国が要請 | コミットメント |
生物多様性条約:CBD COPにおける花粉媒介に関する決議採択 | コミットメント | |
生物多様性条約:CBD SBSTTAがIPBES花粉媒介アセスメントに基づいて2018-2030年花粉媒介者行動計画を提案 | イニシアティブ | |
多国籍企業:BayerがIPBES花粉媒介評価に示された政策オプションの実施に着手(ブラジル、チリ、コロンビア、ドイツ、ケニア、タイ) | イニシアティブ | |
地域 | アフリカ地域:大臣会合で、IPBESアセスメントを根拠に生物多様性保護と土地劣化に関するアフリカ共通ポジションを採択 | コミットメント |
EU:グリーン・ブルーインフラ戦略枠組みガイダンスにIPBESの成果を引用 | イニシアティブ | |
国 | ドミニカ共和国:生物多様性・生態系調査に花粉媒介者及び生息地への配慮を義務化 | 法規制 |
ブラジル:IPBESアセスメントに部分的に基づき、花粉媒介者の殺虫剤リスクに関する手続きを策定 | 法規制 | |
コロンビア:国家花粉媒介者戦略を策定 | 政策 | |
フランス:IPBESアセスメントの部分的な影響により、会社経営者が自然環境保全行動企業誓約(Act4Nature corporate pledge)に署名 | コミットメント | |
ポーランド:花粉媒介昆虫保護国家戦略を策定、IPBESアセスメントを参照 | イニシアティブ | |
ブラジル:不動産開発企業が建設に伴う環境影響低減のための行動にIPBES土地劣化と再生アセスメントを参照 | イニシアティブ | |
コスタリカ、ドミニカ共和国、メキシコ、パナマ:IPBESアセスメントの成果を一部活用し、乾燥地帯コリドーの森林再生プロジェクトを開始 | イニシアティブ |
IGESは、政策研究と政策提言を戦略的に結びつける「戦略研究」をもとに、気候変動、資源利用、自然資源管理等の分野、都市や経済分析等のアプローチからアジア・太平洋地域および世界の持続可能な開発への貢献を目指す研究機関である。自然資源管理分野では、IPBESとミッションを共有し、おもに以下に取り組んでいる。
- 環境省の支援によりIPBESアジア・オセアニア地域評価の技術支援機関(2015年6月~)および侵略的外来種評価の技術支援機関(2019年2月~)をIGES東京サステイナビリティフォーラム内に設置
- IGES研究員のIPBES評価報告書執筆への参加(アジア・オセアニア地域評価、野生種の持続可能な利用に関する評価)
- アジア・オセアニア地域におけるIPBESに関する能力構築事業(生物多様性事務局・生物多様性日本基金、2016年4月~)
- IPBES総会における日本政府代表団支援、IPBES国内連絡会事務局、国内の関連シンポジウム事務局、IPBES評価報告書SPM和訳等(第2回総会(2013年12月)以降継続、環境省請負業務)
参考資料
- 1. IPBES. Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services (IPBES) Information Alert: IPBES to Launch First Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services Since 2005: A Primer. (2018).
- 2. IPBES. Annex I to decision IPBES-4/1: Scoping report for a global assessment on biodiversity and ecosystem services. 2030 (2016).
- 3. SCBD. Note by the Executive Secretary on Fifth Edition of the Global Biodiversity Outlook: Considerations for its preparation. (2017).