パリ協定を読む

2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択された脱炭素社会の実現に向けた国際枠組み「パリ協定」は、昨年のCOP26でその実施指針(ルールブック)が完成しました。世界は「計画」から「実施」への具体的な取り組みを進めています。本特集ページでは、パリ協定の重要なポイントを改めて整理するとともに、11月6日~18日にエジプト・シャルムエルシェイクで開催されているCOP27での主要な交渉・議論と関連する各条文を読み解きます。

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1.5℃目標

COP26では、からの気温上昇を1.5℃以内に抑える努力を追求する決意が示されました(グラスゴー気候合意*)。1.5℃という数字はパリ協定第2条1項(a)「世界全体の平均気温の上昇を工業化以前と比べて2℃より十分低く保つとともに、世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも1.5℃高い水準に抑えるための努力を、この努力が気候変動のリスクおよび影響を著しく減少させることとなるものであることを認識しつつ、継続すること。」に基づいています。このように第2条1項(a)はパリ協定の長期目標という締約国の共通のビジョンを規定しています。

排出ギャップを埋めるために残された時間:決定的な10年(Decisive Decade)

パリ協定では、締約国は5年ごとに、より野心的な排出削減目標を「国が決定する貢献( Nationally Determined Contributions: NDC)」として提出・更新する義務があります。それゆえ、5年後の開催となったCOP26(COP26はパンデミックが原因で一年延期されました)は、COP21以来、最も重要な気候変動会議となりました。COP26前および期間中に124カ国・地域が新規あるいは更新したNDCを提出したことは前向きな成果と受け止められていますが、それで安心してはしていられない理由があります。気候変動に関する政府間パネル( Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)の最新の報告書である第6次評価報告書は、気温上昇を2℃未満にするには2030年時点の温室効果ガスの排出量を2019年比21%減、1.5℃以内に抑えるには43%減にする必要があるとしています*。同時に、これまでに約束されているすべてのNDCを足し合わせても、今世紀中の気温上昇を1.5℃に抑えることには到底及ばないことも指摘しています。各国がNDCを達成した場合の2030年の温室効果ガス排出量とパリ協定の目標を達成するために2030年までに排出削減すべき排出量との差**、これが「排出ギャップ」です。2025年までに世界の温室効果ガス排出量を反転させ、2030年までに大幅に削減させなくては、温暖化を1.5℃や2℃に抑えることは難しくなり、温暖化による深刻かつ広範な影響を世界全体にもたらすと考えられています。そのため、2020年代の10年は排出ギャップを埋めるための「決定的な10年」なのです。

野心引き上げメカニズム「ラッチェット・メカニズム」(Ratchet-up Mechanism)

パリ協定には、年月とともに段階的に向上する各国の危機感と野心、技術の発展を加味し、新しい約束(プレッジ)が従来のプレッジを超えていく仕組み、「ラチェット・メカニズム」が組み込まれています。ラチェット・メカニズムの構成要素は3つあります。5年ごとに策定・提出するNDC(第4条)、各国の行動や支援の透明性を高めていくことにより、お互いの進捗状況をチェックしあうことを可能とする「強化された透明性枠組み」(Enhanced Transparency Framework: ETF)(第13条)、そしてETFやIPCC等からの情報をベースにパリ協定の目的および長期目標の達成に向けた全体の進捗状況を5年ごとに確認する「グローバル・ストックテイク」(Global Stocktake: GST)(第14条)です。GSTは、各国がNDCを策定・提出する際の情報提供を行ないます。これらの要素は相互に関連し合いながら、野心が逆戻りすることのないよう、各国の目標を改善し気候行動を前進させることが期待されています。パリ協定の目標達成はこの仕組みが効果的に運用されるかどうかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。とはいえ現状では、決定的な10年の間に各国が一斉にNDCを提出するのは2025年と2030年の2回しかありません。1.5℃目標の達成を確実にするためにさらなる施策が必要なのは明らかです。

このため、COP27では、「決定的な10年間に緩和の野心および実施の規模を緊急に拡大するための作業計画(MWP: Mitigation Work Programme)」の採択が予定されています。

*グラスゴー気候合意
**IPCC第6次評価報告書(英)
**IPCC第6次評価報告 5つの例示的シナリオに基づく

条文訳の出典はこちら(一部IGES改め)
パリ協定(日本語訳)

パリ協定の原文はこちら
Paris Agreement

この協定の適用上、条約第一条の定義を適用する。さらに、
  • 「条約」とは、1992年5月9日にニューヨークで採択された気候変動に関する国際連合枠組条約をいう。
  • 「締約国会議」とは、条約の締約国会議をいう。
  • 「締約国」とは、この協定の締約者をいう。
この条文の読み解き方

パリ協定では、で用いられた附属書国という分類*を行っていません。代わりに、パリ協定は「先進国」と「途上国」の語を定義せず、一定の曖昧さを残して用いています。これによって、状況の変化や個別の事情に対応できる余地を残しています。すべての国が参加し、それぞれの国情に応じて各国自らが目標を設定すること、これがパリ協定の精神といえます。一方で、「資金」では先進国による途上国への資金提供義務が継続されるなど、課題の性質によって使い分けされている規定もあります。

*条約採択時の経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)加盟国と旧ソ連・東欧から構成される附属書I国は枠組条約のもとでの報告義務があるほか、京都議定書では削減義務を負いました。また、附属書I国のうちOECD諸国を指す附属書II国は条約上、資金供与の義務を負います。

詳しくはこちら
気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書

  • この協定は、条約(その目的を含む。)の実施を促進する上で、持続可能な開発および貧困を撲滅するための努力の文脈において、気候変動の脅威に対する世界全体による対応を、次のことによるものを含め、強化することを目的とする。
    • 世界全体の平均気温の上昇を工業化以前と比べて2℃より十分低く保つとともに、世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも1.5℃高い水準に抑えるための努力を、この努力が気候変動のリスクおよび影響を著しく減少させることとなるものであることを認識しつつ、継続すること。
    • 食糧の生産を脅かさないような方法で、並びに気候に対する強靱性を高め、および温室効果ガスの低排出型の発展を促進する能力を向上させること。
    • を温室効果ガスの低排出型の、かつ、気候に対して強靱な発展に向けた方針に適合させること。
  • この協定は、衡平性並びに各国の異なる事情に照らした共通だが差異のある責任および各国の能力に関する原則を反映するように実施される。
この条文の読み解き方

パリ協定の目的

2条ではパリ協定の目的「気候変動の脅威に対する世界全体による対応を強化する」と「緩和、適応、資金」に関する個別の目的が規定されています。

緩和に関する長期目標 -2℃目標、1.5℃目標が決まるまで

国連気候変動枠組条約は、条約の究極目的(Ultimate Objective)として「大気中の温室効果ガス濃度を気候系に対する危険な人為的干渉を及ぼさない水準で安定化する」ことを掲げています。しかし条約では、何が「危険な水準」なのかについては具体的に示されませんでした。その後、IPCCの第3次評価報告書(2001年)や第4次評価報告書(2007年)により科学的な知見が蓄積され、これらの知見をベースとした政治的判断・価値判断として、2010年のCOP16 では「地球の平均気温上昇を工業化以前と比べ2℃以内に抑えるため、温室効果ガスを大幅に削減する」必要性を認識、カンクン合意で規定しました。なお、小島嶼国連合(Alliance of Small Island States: AOSIS )および後発開発途上国(Least Developed Countries: LDC)は2℃ではなく1.5℃目標とすべきことを強く主張したため、温暖化を1.5℃に抑えることを含めた最新の科学的知見に基づいて長期目標の強化を検討することの必要性も認識するとの文言がカンクン合意には盛り込まれています。COP16では、①長期目標の妥当性、②長期目標達成に向けた進捗を定期的にレビューすることも同時に決まりました。

その後パリ協定では、2℃目標について「世界全体の平均気温の上昇を工業化以前と比べて2℃より十分低く保つ」と規定し、カンクン合意の「低く (below)」から「十分低く(well below)」と踏み込みました。1.5℃目標については、「努力を継続すること(pursuing efforts)」と規定し、努力目標として位置づけつつ、「この努力が気候変動のリスクおよび影響を著しく減少させる」ことへの認識を明示しました。

そして、COP26で採択されたグラスゴー気候合意では、1.5℃目標達成に向けた「努力を追求する決意」が示され、これまでの努力目標としての位置づけから、より中心的な位置づけとなりました。他方で、最新のIPCC評価報告書は、これまでに約束されているすべてのNDCを足し合わせても、今世紀中の地球の気温上昇を工業化前と比べて1.5℃に抑えることには到底及ばないことを指摘しました。今後は、各国が現在のNDCを達成した場合の予想される温室効果ガスの排出量とパリ協定の目標を達成するために2030年までに削減すべき排出量との差である「排出ギャップ」を埋めるための具体的な行動が強く求められます。

「適応」と「資金」についての目的

これまで、温室効果ガスを削減する「緩和」が先行して世界の関心を集めてきましたが、パリ協定には「適応」と「資金」についても目的が明記されていることがポイントです。「適応」に関するパリ協定2条1項(b)では、「低排出型の発展」と並んで、気候変動の悪影響に対する「適応能力の向上」や「強靭性を高める能力の向上」を謳っています。なお「世界全体の適応目標」は7条で規定されており、COP27ではその進捗状況の評価方法などについての議論が行なわれます。

「資金」に関する2条1項(c)では、資金の流れを「低排出型」かつ「気候に対して強靭な」発展に向けて整合させることを明記しています。これはパリ協定が目指す2℃目標や1.5℃目標の達成や気候に対して強靭な社会の構築には、社会全体を変革していく必要があることを認識し、目標達成には公的資金だけでは不十分であり、民間投資を含めたお金の流れ全体を変えていく必要性があることを反映したものです。実は、パリ協定では具体的な資金目標は規定されていません。2009年に設定された長期資金目標(2020年までに1,000億ドルを動員。期間は2025年まで延期)がありますが、これは公的資金と公的資金により動員された民間資金についてのものです。COP27では、この長期資金目標の後の新たな合同数値目標を設定する交渉が行なわれる予定です。その際、パリ協定2条1項(c)で規定される資金に関する目的とどのように関連づけるのかは交渉での争点の一つとなります。

COP27では、気候変動の悪影響が世界各地で顕著に表れてきた危機感と、COP27の議長国となったエジプトの途上国としての立場や懸念を強く反映し、「適応」と、適応や緩和の発展に資金フローを適合させていくとする「資金」が優先課題として掲げられています。

市場メカニズム

  • 締約国は、一部の締約国が、国が決定する貢献の実施に際し、に関する行動を一層野心的なものにすることを可能にし、並びに持続可能な開発および環境の保全を促進するため、任意の協力を行うことを選択することを認識する。
  • 締約国は、に従事するには、持続可能な開発を促進し、並びに環境の保全およびとし、この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議が採択する指針に適合する確固とした計算方法(特に二重の計上の回避を確保するためのもの)を適用する。
  • 当該制度は、この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議が指定する機関の監督を受けるものとし、次のことを目的とする。
    • 持続可能な開発を促しつつ、温室効果ガスの排出に係る緩和を促進すること。
    • 締約国により承認された公的機関および民間団体が温室効果ガスの排出に係る緩和に参加することを奨励し、および促進すること。
    • 受入締約国(他の締約国が国が決定する貢献を履行するために用いることもできる排出削減量を生ずる緩和に関する活動により利益を得ることとなるもの)における排出量の水準の削減に貢献すること。
    • 世界全体の排出における総体的な緩和を行うこと。
この条文の読み解き方

排出量削減を促す手段の一つとして、炭素クレジットや排出枠の国際的な取引はこれまでも行われてきました。1997年に京都で開催されたCOP3で採択された京都議定書の下では、クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism: CDM)が運用され、日本など、削減目標を課されている国(附属書I国=先進国等)が目標を達成するために活用しました。これに代わる、パリ協定の理念に基づいた新しい仕組みがパリ協定第6条です。6条は緩和のみならず適応に関する行動を一層、野心的なものとし、持続可能な開発および環境十全性を促進するための自主的な協力体制の構築をめざすことを目的としています。市場メカニズムを通じて排出削減対策を後押しすることで民間投資を活性化させ、世界的な排出削減につなげることが狙いです。

条項には、炭素クレジットという表現は使用されていませんが、炭素クレジットにあたる概念が示され(「国際的に移転される緩和の成果を国が決定する貢献のために利用することを伴う協力的な取組」)、3つの違う仕組みを規定しています。国と国とが協力して独自に実施する(各国主導型)市場メカニズムに関する6条2項、CDMの後継メカニズムとされる国連が管理する(国連管理型)市場メカニズムに関する 6条4項、そして緩和、適応、資金を非市場アプローチ(排出削減量の取引を想定していない)を通じて支援する6条8項です。

2016年より開始された6条の詳細なルールに関する交渉は、予定より大幅に遅れ、ようやく決着がついたのは2021年に開催されたCOP26でした。交渉が難航した理由は主に3つです。一つ目は適応資金の支援です。6条の下では、削減量が二国間、または国際間でクレジットや排出枠として取引されます。その取引から得られる収益の一部を適応資金に充てるために削減量に対して課金を義務にすると主張する途上国と、これに反対する先進国が対立しました。2つ目は意見が分かれたのはCDMから発行されたクレジットを、2020年以降、パリ協定の下で活用できるようにするかどうかです。これまで発行されたクレジットは、京都議定書目標達成や企業などが事業活動から発生する温室効果ガスを相殺するために活用されていました。この点、多数のCDMプロジェクトを抱えるブラジルやインドなどは、CDMクレジットをパリ協定でも活用することを望みました。他方、パリ協定開始以前の削減クレジットを、パリ協定の目標達成に活用することは、新たな削減努力や効果を生み出さないと主張する国も二分論を超えて先進国・途上国を問わず多くありました。3つ目は二重計上に関する対立です。京都議定書の下では、途上国には削減目標がありませんでした。したがってCDMではクレジット獲得した先進国が、自国の排出量からクレジット量を差し引く際に、クレジットを創出・移転させた途上国には自国の排出量にクレジット量を加算する義務がなく、二重計上が発生していました。しかしパリ協定下では、すべての国が削減目標を有しています。CDMの後継メカニズムとなる6条4項で二重計上の防止に反対するブラジルやインドなどが、二重計上の防止を主張する国と対立していました。

適応

  • 締約国は、第二条に定める気温に関する目標の文脈において、持続可能な開発に貢献し、および適応に関する適当な対応を確保するため、この協定により、という適応に関する世界全体の目標を定める。
  • する。
  • 各締約国は、である。
  • の検討においては、特に、次のことを行 う。
    • 開発途上締約国の適応に関する努力を確認すること。
    • 10に規定する適応に関する情報を考慮しつつ、適応に関する行動の実施を促進すること。
    • 適応および適応のために提供された支援の妥当性および有効性を検討すること。
    • 1に規定する適応に関するを検討すること。
この条文の読み解き方

適応の交渉において、最も時間が割かれた議題の一つが、適応の長期目標でした。緩和と同様に、適応に関する目標を設定すべきという点は、アフリカグループをはじめとする途上国の交渉グループの一部が強く主張し、様々な提案がなされました。適応対策を推進するためにCOP16 で設立された「カンクン適応枠組み」では、途上国に国別適応計画の提出を奨励しました。先進国側は適応に関する具体的な目標の設定には消極的でしたが、最終的にパリ協定では定性的な(数値化されていない)目標を含めることで合意しました。この長期目標を「適応に関する世界全体の目標(GGA: Global Goal on Adaptation)」と言います。緩和目標に並ぶ、パリ協定の支柱の一つです。しかし、GGAの解釈には依然として幅があることから、一部の途上国交渉グループから議論の場の提供が要求され、COP26において「GGAに関するグラスゴー・シャルムエルシェイク作業計画」(GlaSS)の設立が決定されました。GlaSSは、COP26とCOP27をつなぐ2カ年の作業計画(2022年~2023年)であり、GGAに関する議論の場を提供するものです。GlaSSを通じて、各国のGGAへの理解や、世界全体で進捗を図るための方法論に関する議論が深まり、グローバルな適応の促進が後押しされることが期待されています。COP27では、期限であるCOP28までに議論の成果を得る道筋を立てられるかが注目されます。

損失と損害

  • は、を回避し、および最小限にし、並びにこれらに対処することの重要性を認め、並びに損失および損害の危険性を減少させる上での持続可能な開発の役割を認識する。
  • 気候変動の影響に伴う損失および損害に関する(以下「ワルシャワ国際メカニズム」という。)は、この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議の権限および指導に従うものとし、この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議が決定するところに従って改善し、および強化することができる。
  • 締約国は、気候変動の悪影響に伴う損失および損害に関し、協力および促進に基づき、適当な場合には、例えば
この条文の読み解き方

パリ協定では損失と損害に関する定義はありません。そこで、その範囲が問題となります。損失と損害の概念は気候変動の「責任と補償」という考え方とも密接に関連しているため、これまで交渉の場で途上国・先進国間の対立が尽きませんでした。

先進国は「適応は損失と損害 への対処も含む」と主張してきました。これに対し、途上国、とりわけ気候変動の悪影響にぜい弱な小島嶼国連合(AOSIS: Alliance of Small Island States)や後発開発途上国(LDC: Least Developed Countries)は「損失と損害 への対処は適応の範囲外(beyond adaptation)」と主張し、先進国に対し、適応に対するものとは別の新たな対応として支援や補償を求めてきました。パリ協定採択の交渉過程で議論が重ねられた結果、損失と損害は第7条の適応から切り離され、第 8 条に規定されました。先進国はその代わりに損失と損害から「責任と補償」が除外されることを要求し、COP21の決定文書では、パリ協定第8条は、いかなる責任または補償には関係せず、その根拠も提供しない(Agrees that Article 8 of the Agreement does not involve or provide a basis for any liability or compensation)と明記されるに至りました*。

損失と損害は過去の対立を引きずりながらも、技術的な協力の促進などの前進を見せてきました。しかし、資金に関する議論は先進国と途上国の間で依然として折り合いがついていません。COP26においては、途上国グループが損失と損害のための新たな資金制度の設置を強く求めましたが、ただちに合意には至らず、資金調整に関する議論は「グラスゴー対話」に持ち越されました。この対話は、2024年には結論が出される予定となっています。他方、豪雨、熱波、山火事などが世界中で甚大な被害をもたらし、生活基盤や食料安全保障への悪影響が顕在化している現在、世界に共通する危機感が高まるなか、損失と損害の議論を前に進めようとする声も高まっています。このような経緯から、COP27では損失と損害への具体的な行動を起こすことが優先課題の一つに掲げられています。

*COP21決定

資金

  • は、を継続するものとして、に関し、開発途上締約国を支援するため、
  • 1.に規定する支援について、に、提供すること又は引き続き提供することが推奨される。
  • 先進締約国は、世界全体の努力の一環として、開発途上締約国のニーズ及び優先事項を考慮しつつ、種々の行動(各国主導の戦略を支援することを含む。)を通じ、公的資金の重要な役割に留意して、により気候に関する資金を動員することに引き続きである。そのような気候に関する資金の動員については、従前の努力を超える前進を示すものとすべきである。
  • 省略
  • 先進締約国は、適当な場合には、1および3の規定に関連する情報であって、定量的及び定性的に示されるもの。資金を供与する他の締約国は、任意に当該情報を2年ごとに通報することが推奨される。
  • 省略
  • 先進締約国は、第13条13に定めるところにより、この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議が第1回会合において採択する方法、手段及び指針に従い、。他の締約国は、同様に当該情報を提供することが推奨される。
  • 省略
  • 省略
この条文の読み解き方

パリ協定では、全ての締約国が共通の目標にむかって、自国の貢献を公約し、実施していくことになりました。これは、先進国のみに義務を規定した京都議定書と大きく異なる点です。しかしながら、途上国と先進国の間には、いまだ実施能力に隔たりがあります。これを補うために、先進国は、途上国の実施手段(Means of Implementation: MOI)として、資金、技術移転、能力構築を支援することが、パリ協定の9条(資金)、10条(技術移転)、11条(能力構築)に規定されています。

第9条では、先進国から途上国への資金の供与を義務とし、他の国は任意としています。これは、国連気候変動枠組条約や京都議定書からの既存の義務を継続するものです。一方、パリ協定では、先進国と途上国を分類する具体的な国名リストがないことは特記すべき点です。2項にあるように、これまで途上国と分類されてきた国が自らの判断で、資金提供をすることが奨励されています。

また、パリ協定は公的資金に加え、多様な資金源や手段を活用して気候資金を動員する努力を行うことを奨励しています。これは、低炭素型で強靭な発展に向けた資金の流れを適合されるとするパリ協定の2条1項(c)に調和する方針です。9条と2条1項(c)の違いは、9条は先進国から途上国への公的資金の供与を中心とした支援であることに対して、2条1項(c)は、パリ協定の基となる気候変動枠組条約の目的にも沿った実施を促進するために、パリ協定は、世界全体で、民間資金を含めた気候資金の流れをつくることにあります。先進国の多くは、気候資金の規模拡大には、民間資金の役割が不可欠と考えており、2022年のCOP27では、2条1項(c)に関する理解を促進するためのシャルムエルシェイク対話(2条1c対話)を開始することが決まりました。

パリ協定のもう一つの特徴に、従来緩和中心であった支援から、適応とのバランスを取ることや、途上国、特に脆弱な後発開発途上国(LDC)や小島嶼開発途上国(SIDS)の優先事項やニーズを考慮することが挙げられます。

9条5項と7項では、先進国の資金供与について、先進国が2種類の報告を行う義務が、それぞれ規定されています。5項は、資金の予見性や確実性を高めるために、可能な範囲での公的支援の予想水準を含め、定量的および定性的な資金の事前情報を隔年で報告することになっており、2020年からその報告(BC: Bienniel Communication)が提出されています。また、隔年でワークショップを開催し、BC作成を通じての経験や教訓を共有することになっています。報告する情報としては、次の要素が特定されましたが(可能な範囲での公的資金の予想水準、政策や優先順位、途上国の計画を評価する際の指標、資金の事前情報を提出する際の制約、適応と緩和のバランスを保つのための方策、途上国のニーズに沿った支援)、今後、再点検が行われ、改善されていくことになっています。7項は、供与実績を隔年透明性報告書(Biennial Transparency Report: BTR)の一部として、2024年から隔年報告することになっています。報告義務がある項目については、2018年のCOP24(カトビチェ)で実施指針が決定され、7項については、2021年のCOP26(グラスゴー)において、詳細な共通の表様式も決定されました。他方、何を気候資金とするかは、新しく追加的な資金であることとしていますが、世界共通の定義はなく、報告においては、自国の定義や制約を明記し、情報の根拠としています。

気候資金の数値目標としては、いわゆる「年1,000億米ドル目標」がありますが、パリ条約の条項に定量的な目標が規定されているわけではありません。2009年にコペンハーゲンで開催されたCOP15では、「意味のある緩和行動及び実施の透明性の文脈において、公的資金及び民間資金といった幅広い資金源から、先進国全体で2020年までに年間1,000億米ドルを動員する」ことで議論され、2010年にカンクンで開催されたCOP16で決定されました。しかし2015年のパリで開催されたCOP21で、目標の期間が2020年から2025年までに延長されます。長期気候資金(Long Term Finance: LTF)というCOPの交渉議題として議論されてきた1,000億ドルの進捗は、経済協力開発機構(OECD)の統計(OECD. 2022. Aggregate Trends of Climate Finance Provided and Mobilised by Developing Countries in 2013-2020)によると、833億ドルの実績(2020年)にとどまって伸び悩んでいる現状です。なおOECDの統計は、二国間および多国間機関や基金を通じての公的資金、政府系の輸出信用や投融資、公的資金により動員された民間資金を集計対象としています。

2025年以降の目標については、年1,000億米ドルを下限として、2025年までに決定することとなっています。COP26では、「新規合同数値目標(New Collective Quantified Goal: NCQG)」という交渉議論がパリ協定締約国会議(CMA)の下で始まりました。国の代表団による交渉に加え、多様なステークホルダーを巻き込んだ透明性のあるプロセスを求める声から、特別作業プログラムが設置され、民間セクターなどが参加できる技術的専門家対話(Technical Expert Dialogue: TED)を2024年まで年4回開催し、ワークショップ形式のオープンな意見交換が行われます。

グローバル・ストックテイク

  • この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議は、この協定の目的および長期的な目標の達成に向けた全体としての進捗状況を評価するためのこの協定の実施状況に関する定期的な検討(この協定において「」という。)を行う。この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議は、包括的および促進的な方法で、を考慮して並びにに照らして、世界全体としての実施状況の検討を行う。
  • この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議は、この協定の締約国の会合としての役割を果たす締約国会議が別段の決定を行わない限り、
  • 世界全体としての実施状況の検討の結果については、
この条文の読み解き方
COP27の結果を踏まえて

パリ協定第 2 条第1項で定められているパリ協定の長期目標の達成に向け、各国は自国が定める貢献(NDC)で削減目標や達成に向けた手段を定めています。IPCC第6次評価報告書第3作業部会報告書では、各国が定めた目標を合わせても1.5度達成には程遠いことが示唆されています。こうしたギャップを埋めるための仕組みの一つがGSTであり、各国政府はGSTでの検討結果を活用してNDCを更新・強化することが求められます。

GSTの詳細なルールを定めた実施指針はポーランド・カトビチェで開催されたCOP24で決定されました。GSTの評価分野は緩和、適応、実施手段と支援(資金、技術、能力構築)の3つであり、これに損失と損害、対応措置実施による影響を分野横断的課題として考慮します。GSTは「情報収集・準備」、「技術的評価」、「成果物の検討」、の3つのフェーズから構成され、「技術的評価」フェーズでは計3回の技術的対話が実施されます。第1回技術的対話は2022年6月にドイツ・ボンで開催されたUNFCCC第56回補助機関会合(SB)で、第2回技術的対話は2022年11月にエジプト・シャルムエルシェイクで開催されたCOP27でそれぞれ実施されました。

第1回技術的対話でパリ協定実施におけるギャップや課題が多く共有されたことを踏まえ、COP27では、こうしたギャップや課題を埋めるために取り得る具体策や事例についてより多くの共通理解を得ることを目指しました。パリ協定における気候行動の3つの柱である、緩和、適応資金のそれぞれの条項に14条が示されている通り、3つの柱はGSTと密接にリンクしています。各分野での取り組み強化には、GSTにおける進捗のモニタリングが不可欠であることをパリ協定が示していると言えるでしょう。その他、COP27では、更なる排出削減に向けて注目されているメタン削減については、途上国での削減を実施するための政策的・技術支援について、活発な議論が交わされました。適応の実施にも多くのギャップが存在しています。適応データの入手可能性や分析能力は多くの途上国にとって課題であり、こうした能力強化に向けた地方自治体や民間部門との協力に関する経験も共有されました。

2023年6月に実施される第3回技術的対話は最後の対話の機会です。更なる経験を共有することで、野心的で現実的な対策を示すことが可能となります。そしてCOP28における第一回GST最後のフェーズ、「成果物の検討」では、こうした対策と併せて、行動を後押しするための強い政治的メッセージが発信されることが期待されています。