2019年5月に承認された IPBES 地球規模評価報告書は、生物多様性の状況を改善するためには社会変革(transformative change)が必要と指摘しました。また、愛知目標の最終評価として 2020年9月に公表された地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)においても、2050 ビジョン「自然との共生」の達成には、「今まで通り」(business as usual)から脱却し、「社会変革」が必要と指摘しています。この「社会変革」を実現するための行動変容についての知見や取組を共有することを目的として、IPBESシンポジウム「生物多様性とライフスタイル~新しい日常に向けてわたしたちができること~」を2021年3月6日(土)にオンラインで開催しました。シンポジウムには226人が参加し、生物多様性保全のための意識の向上や、行動変容につながるヒントとなる取組・実践事例を専門家から御紹介いただき、私たち一人一人に何ができるのかを考えました。
Event Details
オンライン(Zoom)
環境省 自然環境局自然環境計画課 生物多様性戦略推進室
代表 03-3581-3351 直通 03-5521-8275
室長 中澤圭一(内 6480)
室長補佐 奥田青州(内 6481)
室長補佐 山田 亨(内 6484)
主査 竹原真理(内 6489)
Presentation Materials
開会挨拶 | 環境省 | PDF (1.0MB) | |
基調講演 | 「自然と共生する世界」の実現に向けた社会変革 武内 和彦 IGES 理事長 |
PDF (1.4MB) | |
取組紹介 | 生き物の豊かな環境が育む健康~明らかになりつつある生物多様性と健康の科学的な関係~ 曽我 昌史 東京大学 准教授 |
PDF (1.7MB) | |
ゆっくり、いそげ~一つ一つのいのちを大事にする地域づくり~ 影山 知明 クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店 店主 |
PDF (2.5MB) | ||
行動経済学とナッジを生物多様性保全に活かす 佐々木 周作 東北学院大学 准教授 |
|||
みんなでつくる自然共生社会~行動変容に向けた NGO やユースの取り組み~ 矢動丸 琴子 Change Our Next Decade 代表 |
PDF (2.1MB) | ||
誰でもいきもの調査隊員~AI を使った生物同定アプリとその活用~ 藤木 庄五郎 株式会社バイオーム 代表取締役 |
|||
小さな自然再生とオープンなデータと緩やかな環境自治区 三橋 弘宗 兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員 |
PDF (8.5MB) | ||
パネルディスカッション | 意識と行動の変化を後押しするために | ||
ファシリテーター
|
山口 真奈美 一般社団法人 日本サステナブル・ラベル協会 代表理事 | PDF (1.8MB) | |
パネリスト(五十音順)
|
影山 知明 クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店 店主 |
||
佐々木 周作 東北学院大学 准教授 |
|||
曽我 昌史 東京大学 准教授 |
|||
武内 和彦 IGES理事長 |
|||
藤木 庄五郎 株式会社バイオーム 代表取締役 |
|||
三橋 弘宗 兵庫県立人と自然の博物館 主任研究員 |
|||
矢動丸 琴子 Change Our Next Decade 代表 | |||
閉会挨拶 | 鳥居 敏男 環境省 自然環境局長 |
開会と基調講演
冒頭に環境省の竹原真理主査より、開会の挨拶とシンポジウムの趣旨説明がありました。シンポジウムの趣旨については、生物多様性の保全と持続可能な利用が定着するような「社会変革」に向けて、普段の生活の中で一人ひとりが実践できること、一人ひとりの行動の後押しをするために必要なことを考える機会としたいとの説明がありました。社会変革については、2019年5月に発表されたIPBES地球規模評価報告書政策決定者向け要約の内容に触れ、生物多様性減少の直接要因と間接要因の双方、特に人々の価値観と行動に働きかけることの重要性を指摘しました。また、今後ポスト2020年生物多様性枠組や日本の次期生物多様性国家戦略の検討が進められる中、本シンポジウムの議論を参考にしたいとのコメントがありました。
続くIGES武内和彦理事長からの基調講演では、今般の新型コロナウイルス感染の世界的な拡大の背景には、生物多様性の損失、気候変動及び自然災害と同様に、人と自然との間の非持続可能な関係が根本的な問題としてあることが指摘されました。こうした中、SDGs、生物多様性条約、気候変動枠組条約や仙台防災枠組等、関連する国際枠組の統合的な取組の必要性、これを地域レベルで実施するためにライフスタイルに取り入れる努力が必要であることにも言及しました。SDGsの中でも基盤的な位置づけにある12-15のゴールに向けた進捗が遅れていることがSDGs全体の達成を阻むこと、愛知目標の達成が非常に限定的であることにも触れ、こうした状況を反転するために「社会変革」が求められていること、その文脈で現在検討中のポスト2020年生物多様性枠組が重要であることにも触れました。また、こうした国際枠組を現場で統合的に実施するために、地域循環共生圏の考え方が有効であることにも言及しました。
事例報告
①「生き物の豊かな環境が育む健康~明らかになりつつある生物多様性と健康の科学的な関係~」東京大学・曽我昌史准教授
自然が人の健康促進に貢献することについて科学的知見が蓄積される中、人の健康改善に自然の摂取、処方が必要であることが指摘されている。自然といっても、単に緑があればよいのではなく、動物も生息する自然、生物多様性そのものの重要性が明らかになりつつある。従って、生物多様性、すなわち生き物が豊かな環境を守ることは、人類の健康と幸福にとって重要である。
②「ゆっくり、いそげ~一つ一つのいのちを大事にする地域づくり~」クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店・影山知明店主
発表では、カフェ店主となった経緯に始まり、事業計画をつくらずに、人や地域との有機的なかかわりの中で事業展開していくストーリー、その中でビジネス一般にある「利用し合う」関係から「支援し合う」関係への発想の転換が大事なことにも触れた。こうした関係の中では個は個であるとともに全体であり、生命力をもち、ピンチにも強い。
③「行動経済学とナッジを生物多様性保全に活かす~」東北学院大学・佐々木周作准教授
「ナッジ」とは、「軽く肘でつつく」という意味で、最近では、本人にとっても社会にとっても理想的な選択の実行を促すためのコミュニケーション方法を指す用語として使われている。行動経済学は、人々の行動特性とそのパターンの背景にあるメカニズムを解明することで、有効な「ナッジ」を提案できる。重要なメカニズムには、将来より現在を評価する時間割引、赤の他人より身近な人を重視する社会割引、便益より費用を重くみる傾向などが挙げられる。ナッジの方法には、感謝フィードバック、他の人が〇〇しているという情報を与える社会比較ナッジ等がある。現在は有志の公務員が北海道行動デザインチームを立ち上げ、ナッジやデザイン思考の考え方を、道及び道内市町村等に浸透させ、費用対効果の高い公共サービスを展開することで道民に貢献する取組を進めている。
④「みんなでつくる自然共生社会~行動変容に向けた NGO やユースの取り組み~」Change Our Next Decade(COND)・矢動丸琴子代表
人と自然との共生のためには、ライフスタイルの転換や人々の意識と行動の変容が不可欠であり、こうした変容がどうやって起こるのかを理解することが重要である。CONDでは、人々の関心レベルに応じて最適なアプローチを取る、COND行動変容モデルを提案している。これをCONDの活動にあてはめると、「とても関心がある」ステージの人の政策提言や会合への参加、「関心がある」ステージの人の「にじゅうまるプロジェクト」登録、「それなりに関心がある」層のユースアンバサダー、「少し関心がある」層向けの発信、例えばモーリシャス貨物船事故後の情報発信、「関心がない」層向けのYouTube「ゆるっとCONDラジオ」等がある。
⑤「誰でもいきもの調査隊員~AIを使った生物同定アプリとその活用~」株式会社バイオーム・藤木庄五郎代表取締役
生物多様性保全の課題には、生物多様性保全がお金を生まないこと、データ不足で生物多様性の適切な評価ができないこと、市民への浸透が薄く企業も興味をもてないことなどがある。生物多様性がお金になる社会をつくるために、株式会社バイオームを設立した。事業は主に、生物アプリBiomeの開発運営、生物データベースの構築を行っている。データ不足に対応するため広く普及しているスマホに注目、これを活かして膨大な生物分布情報を取得する仕組みを作っている。この一環で画像の動植物の名前を判定するAI技術を開発、これは国内の動植物全種、9万種に対応している。市民に生物多様性に親しんでもらうために、いきものアプリBiomeを提供、現在のユーザーは23万人、日本最大級の生物調査に発展している。ユーザー間のコミュニケーションやゲーミフィケーションの要素も取り入れて浸透が進み、企業、行政や研究機関との取引も増えている。新たな取組でいきものの動態シミュレーションにも取り組んでいる。
⑥「小さな自然再生とオープンなデータと緩やかな環境自治区」兵庫県立人と自然の博物館・三橋弘宗主任研究員
「小さな自然再生」には、自分たちで調達できる予算の範囲、計画と作業に様々な人が参加できる、手直しや撤去が容易といった3つの基本要件がある。石積みによるオオサンショウウオの階段づくり、簡易魚道、DIY自然再生など、その例は多くみられる。全国にネットワークが広がり、事例集も作っている。「私たちができること」を体系化することが大事で、そのキーワードがオープンなデータと小さな保護区。オープンなデータには、JBIFやGBIF、生物多様性センターいきものログ、環境アセスメントDBなど個々の整備は進展中。今後の課題は、統合検索できるようにするための共通ルールづくり。緩やかな保護区というのは、2010年のCOP10直後から国際的に検討が始まり、IUCNがガイドラインを出しているOECM、生物多様性の保全を第一目的にしないが一定の貢献をしている区域の概念に通じる。豊岡市は小さなものを入れると既に50%近くに達している。植物園、都市公園、寺社仏閣、里山地域が分かりやすい例であるが、自治会が管理するバイカモ群生地やホトケドジョウ等の生息地保全といった例もある。ミュージアム(博物館)には、小さな自然再生の「出来る化」、オープンデータの社会インフラ化、小規模多機能のOECMをつなげ、間口を広げるエリアマネジメントの3つの要素をキュレーションできる。
「生き物の豊かな環境が育む健康~明らかになりつつある生物多様性と健康の科学的な関係~」曽我准教授
「ゆっくり、いそげ~一つ一つのいのちを大事にする地域づくり~」影山店主
「みんなでつくる自然共生社会~行動変容に向けた NGO やユースの取り組み~」矢動丸代表
「小さな自然再生とオープンなデータと緩やかな環境自治区」三橋主任研究員
パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、(一社)日本サステナブル・ラベル協会の山口真奈美代表理事によるファシリテーションの下、前半の基調講演と事例報告を受け、それぞれの取組がどうつながっていくポテンシャルがあるのかについて議論しました。武内理事長からは、社会経済システムの転換が必要であり、報告のあった一つひとつのストーリーをつないで全体のストーリーを作り、点をどうやって面に広げていけるのかを考えたいとのコメントがありました。曽我准教授からは、人が「小さな自然再生」を通して生物多様性に直接かかわることによる健康面のメリットや、人といきもののつながりをつくるツールとしてのBiomeの可能性に関心が寄せられました。影山店主からは、自然に触れた時の人々の健康の反応と、働く人が個性を発揮するお店に元気をもらうことに共通点があるという発見、現場の活動を明るく楽しくやっていく活動の積み重ねが目標達成につながることについてコメントを頂きました。佐々木准教授は、ナッジの観点から、一人ひとりの「楽しみごと」に混ぜ込むこと、多様であることが人間にとって大事であることを認識することの重要性を指摘しました。例えば生きもの収集がインセンティブになってウォーキングに出て、これが自身の健康や医療費節約などの効果がわかってくると、生物多様性の価値の表現の仕方が広がるのではないかという提案もありました。矢動丸代表からは、関心度別の働きかけに体系化の考え方が重要なこと、ユースの事業計画を作りすぎず、人に仕事をつける考え方が大事であることなどの気づきが寄せられました。藤木代表取締役からは、「小さな自然再生」をヒントに、保全のミッションを提示するサービスづくりへの関心が寄せられました。三橋主任研究員からは、博物館の仕事に「人に仕事をつける」考え方が大事なことや、Biomeを使って「小さな自然再生」の効果を調べられることなど、3つ4つの入り口があることの重要性についてコメントがありました。
パネルディスカッションではさらに、withコロナ、postコロナ時代の行動のあり方について議論を展開しました。パネリストからは、自然が人間社会を豊かにするという考えに立ち戻って考えを整理することの重要性、コロナの影響もあり身近な自然の価値が見直されている今がチャンスであること、自然回帰の価値転換を保全行動につなげるひと押しの必要性、一方コロナ渦で経済の落ち込みが見込まれ、人々が将来や周りのことに気を配ることが難しくなることが予想される中で、生物多様性が身近なもの、大事なものであるというエビデンスを研究者として提供していくことの重要性について指摘がありました。また、感染症や気候危機、生物多様性など地球課題が複雑化する中で他の学問との連携を深めることの重要性、治水、防災、公衆衛生も含めて「私たちにできること学」ができ、刊行されて2030年には義務教育の教科になっていることがTransformative changeの1つの姿ではないかといった提案がありました。さらに、「ワンヘルス」が提唱する地球と人間の健康の一体性は、即ち私たち一人ひとりが属する組織や会社が多様性を尊重するものでないと地球の多様性は維持できないことを意味していて、それぞれの命を見つめなおすことをアジェンダの1つに加えてほしいという提案もありました。最後に、ポスト2020年の生物多様性国際枠組や次期生物多様性国家戦略の検討が進む中、これまでの経験を踏まえ、もっといろんな人が参加し、地に足がついて、社会変容につながるような主流化を目指すという野心的な挑戦をしていく上で、今日の議論を活かしていくことが大事だとの講評がありました。
参考
IPBES
IPBES(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Service:生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)は、生物多様性と生態系サービスに関する動向を科学的に評価し、科学と政策のつながりを強化する政府間のプラットフォームとして、2012年4月に設立された政府間組織です。 2021年2月1日現在、IPBES には137カ国が参加しており、事務局はドイツのボンに置かれています。科学的評価、能力開発、知見生成、政策立案支援の4つの機能を柱とし、気候変動分野で同様の活動を進めるIPCC の例から、生物多様性版のIPCCと呼ばれることもあります。
IPBES ウェブサイト https://www.ipbes.net/
環境省ウェブサイト https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/ipbes/index.html
地球規模生物多様性概況第5版
地球規模生物多様性概況第5版(Global Biodiversity Outlook5:GBO5)は、生物多様性戦略計画2011-2020及び愛知目標の達成状況についての評価や、2050年ビジョンの達成に向けて必要な行動等をまとめた報告書で、生物多様性条約事務局が2020年9月15日に公表しました。報告書によれば、愛知目標の20項目のうち6項目は一部達成と評価したものの、完全に達成したものはありませんでした。
生物多様性条約事務局ウェブサイト https://www.cbd.int/gbo5
環境省ウェブサイト https://www.env.go.jp/press/108447.html