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気候変動に伴う損失と被害:途上国にとっての譲れない一線
(2012年12月11日)
ドーハ会議(COP18)は、連日、深夜・未明までの交渉を行い、20時間余の延長の末、12月7日土曜日午後8時過ぎに閉会した。今回は複数の議題においてさまざまな意見が激しく対立したが、最後まで紛糾したのが「長期資金の作業プログラム」と「気候変動の悪影響に伴う損失と被害(loss and damage)」であった。途上国への資金支援の問題は、会議前から今回の交渉の最大の山場になるとみられていたが、「損失と被害」の議題がここまで難航するとは、筆者をはじめ多くの関係者は予想していなかった。また、ドーハ会議に関する日本の報道をみても、「損失と被害」の議題が交渉難航の一因となったことはまったく伝えられていない。このことは、気候変動によって引き起こされる損失と被害を切実なものとしてとらえている途上国側と、その切迫性を共有しきれていない先進国側との間の「認識の差」を物語っているようである。自戒の念を込めて、この問題について考えてみたい。
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気候変動グループ
これまで気候変動対策を巡る議論は、温室効果ガスの排出削減などにより気候変動そのものを軽減・緩和しようとする対策(緩和策)と、既に起こっている、あるいは今後起こりうる気候変動の影響に対する適応能力を向上させる対策(適応策)を中心に行われてきた。これに対して、「損失と被害」という考え方は、気候変動によって引き起こされた損失と被害そのものに対処するということであり、異常気象がもたらす災害からの復旧支援や、海面上昇により居住不可能となった人々への支援等を指している。こうした考え方は、これまでの国際交渉では適応策の議題に含まれているとされてきたが、発生する損失と被害そのものへの対処をより重視するもので発想が根本的に異なり、気候変動に対して非常に脆弱な小島嶼諸国から提唱されてきた。しかし、先進国は、損失や被害への「補償」につながるものとして警戒し、気候変動に伴う損失・被害の範囲が、経済的なものだけでなく伝統文化の喪失なども含みうることから、その対象範囲が限りなく広がることへの懸念も抱いていた。そのため、発生した被害のどこまでが人為的に引き起こされた気候変動によるものかを特定することが困難なことや、既存の災害支援プログラム等でも対応が可能であることを理由に、「損失と被害」を気候変動交渉の場で正面から議論することに消極的であった。

しかし、途上国側の意見を反映する形で、2007年のバリ会議(COP13)で採択されたバリ行動計画の中で、「損失と被害」は議題の一つとして検討して行くことが決定され、2009年のカンクン会議(COP16)で採択されたカンクン合意では、はじめて「損失と被害」に関する作業プログラムが立ち上げられた。その後の二年間、各地域でワークショップが開催されるなどの活動が行われた。こうした活動を受け、ドーハ会議では、小島嶼諸国を中心とした途上国は、「損失と被害」に取り組むための新たな制度的枠組みを立ち上げることを求めてきた。これに対し、先進国は新たな制度の設置には反対の立場をとり、妥協案として作業プログラムを一年間延長して、新制度の設置を検討するという案を提示した。しかし、小島嶼諸国はこの案を拒否し、新制度設置を求めた。正式な会議最終日である12月6日の朝5時まで閣僚を含む協議が行われ、そこでは米国と小島嶼諸国の代表が激しく意見を交わしたと伝えられている。結局、先進国側が折れる形で、来年のワルシャワ会議(COP19)で、「損害と被害」へ対処するための新制度(国際メカニズム)を設立することが合意文書に盛り込まれた。この問題について、協議や検討を続けるのではなく、行動につながる制度的な仕組みの設立に目処を付けることが、小島嶼諸国にとって譲れない一線(red line)であったといえる。

このような小島嶼諸国の強硬な姿勢の背景には、いうまでもなく大規模な排出削減に向けた対策の遅れ、気候変動の悪影響の顕在化と被害の拡大がある。世界気象機関(WMO)は、2011年の主要温室効果ガスの濃度が、過去最高値を更新したと発表している。世界銀行も、現行の排出削減の取り組みのままでは、地球の気温は今世紀末に4度以上上昇する可能性があり、0.5~1m以上の海面上昇により多くの島で人が住めなくなると警告している。会議開催中も、台風ボーファ(台風24号)がフィリピンに甚大な被害をもたらしたことが伝えられた。特定の気象現象を気候変動と結びつけることは困難であるが、潘基文国連事務総長がドーハ会議での演説でも指摘したように、気候変動による異常気象は世界各地で頻発しており、異常ではなく新たな平常(new normal)になってきている。

このようの状況のもと、気候変動に対し非常に脆弱な小島嶼諸国などが「損害と被害」について具体的な取り組みに着手するよう求める主張は理解できるものがある。ただし、先進国側が主張するように、対象範囲の決定や既存取り組みとの整合性、補完性の確立など、実際の制度設計には多くの課題を残している。また、言うまでもなく、気候変動そのものを軽減することが根本療法であり、そのために排出削減を大規模に進めていくことが前提となる。国際社会は地球の気温上昇を産業革命前に比べ2度以下に抑えようという目標を掲げている。しかし、その達成可能性は時間とともに遠のいていっている。気候変動との戦いは時間との戦いでもある。


*** このコメンタリーの内容は執筆者の見解であり、IGES の見解を述べたものではありません。

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