rio+20 towards and beyond
リオ+ 20 会合でのグリーン経済議論の考察
(2012年11月)
今年6月にブラジル・リオデジャネイロで開催された国連持続可能な開発会議(UNCSD、通称リオ+20)では、グリーン経済と持続可能な開発のための制度改革の2つが主要テーマと位置付けられていた。20年前のリオ地球サミットにおいて国際社会が目指すべき方向性として高らかに打ち出された持続可能な開発という理念は、政治的レトリックとしては広く受け入れられているものの、それをどのように実現するのかについての明確なヴィジョンを国際社会として打ち出せていない。このような状況を打開するために、リオ+20では思い切ってテーマを絞ったのであろう。グリーン経済について言えば、経済と環境のインターリンケージにフォーカスを絞ることによって、すなわち社会的側面をあえてフォーカスから外すことによって、具体的な実現への道筋を描きやすくしたと思われる。
Author
経済と環境グループ
小嶋 公史
この思い切った賭けの結果、国連での成果文書交渉プロセスにおけるグリーン経済議論は紛糾し、リオ+20で採択された成果文書「我々の望む未来」におけるグリーン経済部分の記述は極めてわかりにくくインパクトに欠けるものとなった。まず交渉初期の段階で、ストレートにグリーン経済をとりあげるのではなく「持続可能な開発と貧困撲滅の文脈におけるグリーン経済」とニュアンスが変えられた。社会的側面をフォーカスから外すという意図に「No」が突き付けられた結果である。その後の交渉プロセスにおいても、経済-環境ネクサスに議論を絞り具体的な道筋を打ち出したいグループ(主に先進国)と、グリーン経済を社会的側面も含めた持続可能な開発の議論と位置付けたいグループ(主に新興国・途上国)が対立し、最終的には「我々の望む未来」を読んだだけではグリーン経済が何を意味するのかよくわからない結果となった。

たとえば、「我々の望む未来」のグリーン経済部分の冒頭であるパラ56では、グリーン経済は持続可能な開発を実現するための様々なアプローチやツールの一つであり、それは経済成長の維持、社会的一体化の促進、人間の福祉の向上、すべての人への雇用機会の提供、地球の生態系システムの健全な機能への貢献とともに、貧困撲滅に貢献するものでならなければならない、と記述されている。このパラ全体を通して、グリーン経済は持続可能な開発の実現に貢献するものであるという以外のメッセージは読み取れない。実を言えば、「我々の望む未来」のグリーン経済部分全体を読んでも印象はほとんど同じである。グリーン経済というテーマに絞ることによって持続可能な開発実現への具体的な道筋を描くという戦略は、国連正規交渉プロセスではうまくいかなかったのである。
1つ目は、いわゆるグリーン技術・産業への支援・投資、あるいは技術革新を通じて経済発展と環境保護を統合するアプローチである。グリーン技術・産業に大規模な公的支援を行って景気のてこ入れを図るグリーンニューディール政策や、日本政府のグリーンイノベーション政策などが、このアプローチに含まれる。グリーン経済を推進する先進国の多くにとって、グリーン経済とはこのアプローチを意味している。

2つ目は、環境コストの内部化によって環境保全が経済的にもプラスになる状況を作ることで、経済発展と環境保全を統合するアプローチである。欧州が積極的に進めている環境税制がこのアプローチの好例であるが、他にも環境の浪費につながる補助金(ガソリンへの補助金など)の廃止や、環境会計の導入などもこのアプローチに位置付けられる。

3つ目は、資源や環境について地球の限界を超えないということを前提条件とした上で、その限界の中で人々が幸せに暮らしていける社会経済システムに変革していくというアプローチである。大規模森林破壊などの生態系の急速な劣化や地球温暖化問題など、人間が地球にもたらす負荷がすでに地球の環境容量を超えているのではないかとの懸念が高まっているが、特に先進国のライフスタイルは地球の環境容量におさまらない過剰消費と考えられる。その場合、前述の2つのアプローチでは、現状に比べればよりグリーンになるという意味で「グリーナー経済」にはつながるが、地球の環境容量を超えないという意味での「グリーン経済」につながる保証はないことに注意を喚起したい。

さて、このようにグリーン経済が具体的に何を意味するのかについて3つのアプローチに整理したうえで、リオ+20でグリーン経済が取り上げられた意義を考察してみよう。まず1つめのグリーン技術・産業促進アプローチについては、新興国・途上国側からグリーン保護主義への懸念などから、具体的な成果は見られなかった。このアプローチはそもそも意欲・能力のある国が実施していけばよく、リオ+20の場で合意しなければならない必然性は低かったように思われる。2つ目の環境費用の内部化アプローチについては、成果文書交渉プロセスにおいて目立った動きはなかったが、世界銀行が中心となって開催したWAVES(生態系サービスの経済的価値評価)サイドイベントにおいて、50か国以上50社以上の賛同を得るという目標を上回る、57か国プラス欧州連合および86社から賛同を得るという大きな成果を上げた。3つ目の環境制約下での幸福追求アプローチについては、「我々が望む未来」には残らなかったものの、2012年1月の成果文書ゼロドラフトにおいては地球の環境容量の限界(プラネタリーバウンダリー)を超えないことの必要性が記述されていた。また、国内総生産(GDP)に代わる幸福度により関連の高い指標の開発に関する国連開発計画(UNDP)のサイドイベントが大盛況を呈するなど、このアプローチへの理解が着実にひろまりつつあることを感じさせた。

このように、持続可能な開発のうちの経済と環境のインターリンケージにフォーカスを絞ったリオ+20での賭けは、最終成果文書およびそれを生み出すための国連交渉プロセスの外で、その狙いを発揮したと考えることができる。国連の全会一致方式では対応できない問題が山積する中で、膠着を打開するための国連事務局による試行の一つとして、評価できるのではないだろうか。

*** このコメンタリーの内容は執筆者の見解であり、IGES の見解を述べたものではありません。

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