プレスリリース

地球環境戦略研究機関(IGES)
長期温室効果ガス低排出発展戦略の策定に関する提言

2016年11月29日

公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)は、1998年以来、アジア太平洋地域における持続可能な開発の実現に向けた実践的な研究を行っている。中でも、気候変動分野に関しては、国際枠組みや低炭素社会づくりに向けた国際・国内動向の調査と研究を進めている。

11月4日にパリ協定が発効し、さらにその実施が国際的に注目される中、長期温室効果ガス低排出発展戦略(以下、長期戦略)の策定に関し、日本として今、何をすべきか、IGESの研究活動及び成果に基づく政策提言をここに行う。

1.背景(基本的な考え方)
  • IPCC第5次評価報告書(AR5)は、気温上昇と累積二酸化炭素(CO2)排出量の比例関係を明記し、一定の気温上昇に抑えるために許容できる炭素排出量(カーボンバジェット)という考え方とその許容量内にとどめるためには世界の温室効果ガスの正味の排出量をいずれはゼロにする必要性を指摘した。具体的には、気温上昇を2℃未満に抑えるシナリオとして世界の排出量を2050年に2010年比40-70%削減、2100年にほぼゼロかそれ以下とする時間軸を示している。パリ協定では、産業革命前からの気温上昇を「2℃を十分に下回る」「1.5℃以下」とする長期気温目標を設定し、そのために今世紀後半に世界の温室効果ガスの正味の排出量をゼロとする、すなわち脱炭素化を目指すことに合意した。これはIPCCという科学からの要請に整合するものである。
  • つまり、日本を含むパリ協定を締結したすべての国は、今世紀後半に脱炭素化した社会を目指すことにコミットしている。パリ協定が各国に対して2020年までの策定、提出を求めている長期戦略においては、この脱炭素社会をどのように実現していくのかについての道筋、方策、政策を示すべきである。また日本が議長を務めたG7伊勢志摩サミットの首脳宣言において、G7各国は2020年の期限に十分に先立って長期戦略を策定・提出することにコミットしていることを忘れてはならない。
  • 脱炭素社会は、化石燃料に多くを依存している現在の産業構造や社会システムとは大きく異なる。パリ協定の掲げる長期気温目標はIPCC AR5で示された2℃シナリオよりさらに前倒しの削減が必要であり(*1)、その達成のためには今世紀後半の早い段階での脱炭素の達成が必要であるという時間軸を念頭に、「今の産業構造や社会システムを前提として何ができるか」という発想ではなく、「今世紀後半までにどのような社会を構築すべきか」という発想で長期戦略を策定することが必要である。
2.長期戦略策定に向けた提言
① 「気候変動は社会への脅威であり、対応が不可避である」ことのメッセージの発信
  • 気候変動の悪影響は既に顕在化しており、気候変動が既にある脅威を増幅させることについては多くの安全保障機関・専門家が指摘するところである。今後対策をとらなければ、災害の増加、健康、食料、生態系等へのさらなる影響によって社会の安定を揺るがすリスクがある。また企業にとっても自らの事業・資産に対する物理的被害へのリスクが高まっている(*2)。こうしたことを踏まえ、長期戦略においては、気候変動問題は国家、地域社会、企業経営の根幹に関わる課題であり、「気候変動は社会への脅威であり、対応が不可避である」というメッセージを発するべきである。
② 複数の選択肢の提示と多様なステークホルダーの関与による共通意識の醸成
  • 脱炭素化した産業構造や社会システムの実現に向けての答えは一つではない。政府は研究者の力を借りながら、明確で定量的なシナリオを複数提示すべきである。例えば、米国の長期戦略では、2050年80%削減(2005年比)に向けた排出経路に関して、エネルギーシステムの脱炭素化、森林・土地利用等によるCO2吸収強化、非CO2温室効果ガスの排出削減についての複数のシナリオを提供している(*3)。
  • 複数のシナリオを提示した後、幅広いステークホルダーの関与、国民的対話によって脱炭素化した産業構造や社会システムの実現に向けた共通理解を高めつつ、シナリオの絞り込みを行い、長期戦略を策定することが重要である。フランスでは、2050年75%削減(1990年比)を定めたエネルギー移行法の策定にあたり、国民的対話を通して、16のシナリオから4つのシナリオに絞込む作業を行い、国民の間での脱炭素化ビジョンの共有を図った(*4)。こうしたアプローチは、日本においても参考となる。
  • また、技術革新・普及や社会の変化は、必ずしもシナリオ通りに進むものではない。したがって、現実の変化に合わせて、長期戦略を定期的に見直すことを前提としておくべきである。

    (関連文献:鈴木暢大(2016)「パリ協定後の気候変動対策―世界長期目標・各国長期戦略・国別目標の役割」クライメートエッジVol.25;Tamura, K., M. Suzuki and M. Yoshino (2016). “Empowering the Ratchet-up Mechanism under the Paris Agreement: Roles of Linkage between Five-year Cycle of NDCs and Long-term Strategies, Transparency Framework and Global Stocktake”. Working Paper. Hayama, Kanagawa, Institute for Global Environmental Strategies (IGES) 2016-11)

③ 脱炭素社会の実現に向けた炭素価格付けの活用
  • 脱炭素化に向けて産業構造や社会システム全体を変革していくためには、変革を可能とする技術の開発やインフラ構築といったハード面の取り組みに加え、変革が企業や消費者に有利になるようなルール・制度の導入といったソフト面の取り組みをうまく組み合わせることが不可欠である。その意味で、CO2排出に価格をつけることで再エネ発電や電気自動車・燃料電池車などのゼロエミッション技術の経済的優位性を促進するとともに、これらの技術の大量導入を支えるインフラ整備への投資環境の改善にもつながる炭素価格付けは極めて有効である。
  • 世界では欧州を中心に、炭素価格導入によりCO2排出削減、産業構造のグリーン化、炭素価格収入を活用した社会保障費負担軽減による雇用増大など、複数の便益を同時に達成可能であることが実証されている(*5)。さらに、炭素価格付けの導入によってイノベーションを誘発することができる(*6)。変革を促していくためには、日本においてもCO2 1トン当たり数千円以上の炭素価格を導入することが必要と考えられる(*7)。
  • 炭素価格付け導入にあたっては、炭素価格からの収入を所得税・法人税の減税、あるいは社会保障改革とその財源確保に活用することも含め、共通理解に基づく目指すべき産業構造・社会システムの実現に資する制度設計をしていくことが重要である。これらにより炭素価格付けを基本とした統合経済政策を実施して、経済・産業構造を脱炭素化へと誘導するべきである。また、長期的には脱炭素化に伴い炭素価格からの収入が減少するので、産業構造や社会システムの脱炭素化の進展を踏まえて、社会保障費負担軽減等に必要な財源確保は年次行われる税制改革で検討するべきである。
④ 民間セクターの潜在力の活用
  • 社会全体を脱炭素化するに当たっては、企業の製品やサービスの脱炭素が不可欠である。企業は基本的に経済合理性(コスト・リターン・リスク)を基礎に行動する。よって、
    • 長期戦略の中で、長期削減目標やそこに向けた具体的な工程表を明示し、社会が今後脱炭素化に向かうという明確なシグナルを発信することが重要である。
    • 長期戦略の中で、脱炭素化が企業にとって経済合理性を持つような社会制度、即ち予見可能性があり、脱炭素と整合的な炭素価格政策の導入の方向性を示すことが必要となる。
  • 金融の役割も重要である。脱炭素化には、今後、世界全体で15年間で約90兆ドルに上るとされるインフラ投資をグリーンにしていくことが必要であり、金融は脱炭素化に向けて実体経済やインフラ投資を「脱炭素へ誘導する」役割を担うべきである。既に、低炭素に関連する金融インセンティブは存在しているが、長期を見据えた場合には「脱炭素化」を明確に打ち出し、それを促進するための技術開発や投資活動を奨励する各種インセンティブ(優遇貸付、保証、免税等)を示した政策支援が必要となる。長期戦略は、インセンティブ付与の条件、例えば、対象となる活動の定義、情報開示するべき内容、効果の把握方法等も明確にした支援枠組みの全体像の提示が可能となるように、脱炭素化に向けた基本的方向付けを示すべきである。
  • 同時に、今後、日本を含む世界的な政策転換に伴い座礁資産等の気候関連リスクが顕在化する可能性がある(*8)。長期戦略では、これらの政策転換に伴うリスクや機会に関して、特に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)等の長期の資産運用投資を行う投資家や金融機関が適切に対応しうるよう、2017年に公表される予定の、金融安定理事会タスクフォースの気候情報開示ガイドライン等も参考に、気候変動リスクによる日本の資産減損リスクの回避への対応についても言及すべきである。

    (関連文献:松尾雄介(2016)「COP21におけるビジネスの動きと、その背景についての洞察」クライメートエッジVol.24)

  • 最近の研究では、「2℃を十分下回る」あるいは「1.5℃未満」とするためには世界の排出量をそれぞれ2045年~2060年、2060年~2075年の間にネットゼロにする必要があるとしている。Elmar Kriegler, Potsdam Institute for Climate Impact Research “Global transformation pathways for 1.5℃ and 2℃” UNFCCC COP22 Side Event (17 November 2016). Rogelj, J. et al., (2015) “Energy system transformations for limiting end-of-century warming to below 1.5℃”, Nature Climate Change. 5: 519-528.
  • 例えば、米国の「国家安全保障戦略2015」では、気候変動を8つの最重要戦略的リスクの一つとして挙げている。
    https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/02/06/fact-sheet-2015-national-security-strategy
    また、世界最大の資産運用会社Black Rockは、「脱炭素化への転換はビジネスに実質的な影響を及ぼす。もはや投資家は無視できない」として、投資家に気候リスクの存在を警告している。
  • White House (2016). United States Mid-Century Strategy For Deep Decarbonization. Washington, DC, the White House. 
  • フランス環境エネルギー海洋省のスタッフとのインタビュー(2016年9月16日)。また、ドイツの長期戦略を発表したCOP22におけるサイドイベント(2016年11月14日)でも、ドイツ環境省フラスバース政務次官はステークホルダーの関与の重要性を強調した。
  • University of Potsdam, Bach. “Empirical Studies on Tax Distribution and Tax Reform.” (2012) 等
  • Jaffe, A., Newell, R. and Stavins, R. “Environmental policy and technological change”. Environmental and Resource Economics 22 (2002): 41–69、あるいはPopp, D. (2002). Induced Innovation and Energy Prices. The American Economic Review, 92(1): 160-180.等
  • IMFはパリ協定の誓約を炭素価格主体で達成する場合、大半の大量排出国はCO2・1トンあたり50~100ドル以上の炭素価格が必要となり、日本については100ドル以上の炭素価格が必要と概算している(https://www.imf.org/external/japanese/np/blog/2016/042116j.pdf)。
  • Bank of England. (2015). Breaking the Tragedy of the Horizon – climate change and financial stability Speech given by Governor of the Bank of England Chairman of the Financial Stability Board Lloyd’s of London. Retrieved November 1, 2016, from http://www.bankofengland.co.uk/publications/Documents/speeches/2015/speech844.pdf

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